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雪化粧した神ノ峰

久しぶりに、見舞いをかねて家族との帰省
雪化粧した神ノ峰
小さな町だけど、大きかった町 木江

最近は、芸能人の一人旅が多いそうだけど、何を彼らは感じるんだろうか?

それと、メールでやりとりしたことのある穂高さんの書かれた本の評価が高い
http://www.hodaka-kenich.com/

震災文学として、新しいチャレンジだ。

好きでもない大阪に仕事できて、結婚して子供もできて、早20数年

田舎にすんできた宝は大きい

井伏鱒二の小説に登場してきた町 しかも実存の人物
サッカーだって、ずいぶん 先輩 後輩 がんばっている
清風館だって、大阪からツアーコースで有名だ。

旅行雑誌にはのっていない、すばらしい景色は日常の生活のなかにとけ込んでいた。
お金はないけど、それ以上の幸せは存在していた。

東京家族だって、詳細に脚本から、撮影のきっかけ、趣旨まで説明できる。

時間がたって振り返ってみると、幸せな人生、時を過ごすことができた。

都会が贅沢で幸せな場所とは思えない。
ローンで購入した鳩部屋と称する新築マンション群、借金まみれの高速道路
作っては壊す経済循環の中での建造物の破壊と再生の繰り返しは、まともな神経ではいきれない。

都会はいいところなんて、大阪の周りの知り合いなんて、思っている人はほとんどいない。
裕福どころか、貧困の連鎖は、家族も家庭も、個人にも続いていく。

おしゃれなんて、言葉はギミックで、むしろ 苦しいが正解
貧困ビジネスまっさかりじゃないか。

もともと、大崎上島にしても、高校が2つもあり、国立をあり、そんな高等教育を島で受けれる環境では、必然的に、交流人口は閉鎖的であるはずもなく、むしろ活発であり、島にいるほうが、全国の情報が入ってくる可能性が高い。

大阪の街中でみるよりも、お盆など連休中は他府県ナンバーで島はあふれている。

ただ、経済原理の中での島の存在は廃れていくのは間違いない
いえることは、経済原理、マクロ的な発想では島はもう存在しない。

しかし、逆は、そうではない。

逆転の発想こそ、島の真の価値であり、つきあい方もそこから変わってくる。



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新年あけましておめでとうございます

新年あけましておめでとうございます。
昨年はイレギュラーがあったけれど、なんとか無事過ごすことができました。

不思議なもので、この歳になって無事家庭をもち、なんとか維持できているのは、有り難いことです。

人生の前半は、よくあることだけれど、平坦ではなかったけれど、不思議な縁でクリアーできたのも、感謝しかありません。

半世紀近く生きることができて、一体自分のこと以外何をしてきたのからなと考えると、はてな のマークがでてしまいます。

仕事以外でも組織で役員などさせてもらっているけれど、理想と現実を考えると結構違うなと・・・・

ホームページなどの更新もそれなりにやってきたけれど、ルーティーンワークなので、
もっといいことをしたい。

社会環境を含め、特に国の借金、若い世代の就職口の悪さ、社会環境が悪いのか、それとも人間がならされてしまった、挑戦する能力が欠けているのか?

どちらも正しいでしょうけど。

最近 子どもがギターをやりたいとのことで、多少は音楽の知識はあるので、ちょっと再度やってみようかと思っています。
昔と違い素晴らしいネット環境のおかげで、教えてくれるサイトが多いので非常に助かっています。
ほんと助かるな。

いい音楽にいい人生

刹那的な世の中は、こりごり
しっかりと意思表示できる人生
充実したコミュニケーションができる人生が素晴らしい

そう、今年は、楽しい一年にしたいですね。


大崎上島どこにいくんだろう

10数年前、2000年前後に、OCNでHPをつくり 人口統計などまとめ、アップロードしていました。
その後三町が合併し、大崎上島町にひとつとなりました。

しかし、人口流失はとまらない、少子高齢化は、他の区域では想像つかないスピードでこの地域を浸透していきます。

メディアで取り上げられるようになり、一躍 有名になりましたが、人口問題は個人、行政レベルで、対応できるものではありません。

つまりこれは運命です。

時代の移り変わりは、経済基盤で捉えればいい時代もあればそうでない時代もめぐってきます。
できることなら、経済力を背景とした、安易な再開発や、環境汚染はおこして欲しくありません。

そっとして欲しい
わかる人がわかれば、それでいい。
大事にしてくれる人がいれば地域は救われる。
意思は残る

経済循環だけでない価値をこの場所で見つけることができて、私は幸せでした。






メジャーになった櫂伝馬

テレビを見て櫂伝馬という固有名詞がでてきたのでびっくり

島の仲間、若い人のがんばりがこういうことに結びついていくんだなと実感

過疎といわれればしかたがないが、宝はたくさん この島に埋まっている

それは人の力に他ならない

ありがとう 大崎上島 櫂伝馬

世界でオンリーワンを目指して その魅力を発信して欲しい

旅する櫂伝馬

最近の瀬戸内海は映画づいているよな・・・・

ももへの手紙 アニメ 下島
東京家族 映画 木江
清く柔く 竹原、尾道、因島、福山鞆の浦 神戸 あたりか
ベストショットの場所を探して撮影したみたいだから



斉藤和義さんが主題歌かげろうを担当

もしやと思い調べたら 「あぁ、そうなんだ!」

なんだか、懐かしい風景が見えるので、満足

ええよね、瀬戸内は

不思議な体験

田舎を離れて30年ぐらい経過するけれど、ひょんなきっかけで、労働問題に関わってくると、それまで見えなかった視点をもつようになる。

日本は、労働時間など規制強化されているが、一方で労働市場の自由化など、収益率の改善など、相反する環境で民間の企業は、切磋琢磨している。

造船、特に木造船の時代だった、昭和20年代ごろまでは、日本には丁稚ということば、教育環境の中でも当たり前で使われていた。

しかし、単純に考えてみるとこの丁稚はネガティブな要素、親方になるまで給料が払われなかったり、奉公するのが当たり前となっていたことなど考えると、社会悪になったのだろう、突然と消えていくことになる。

ちゃんと体系的に裏付けをしてこういった制度の変遷を調べていればいいのだろうが、思いつくままに推測で書いているので、これは後ほどしっかりと書いていきたいと思う。


でも、年代的に両親にあたる世代 昭和一桁台は、こういった丁稚制度が社会に行き届いていた。
職人といわれるものは、特殊な技術職の集団だから、木造船にしても、宮大工にしても、そう、おちょろも、丁稚制度に近いものは、たくさんあったはずだ。


職人の時代から、サラリーマンの時代、大量生産の時代になり、いい面も悪い面も、ちゃんと時代認識されないまま、今やマスプロダクションの時代に、教育さえもなってしまった。

規制化された社会になってしまったが、やはり 自分にとって個性の時代は懐かしい。

人の暖かみの感じる遺産をみると、ほっとする
人の影がそこから、感じることができる

すでに便利で簡単な時代になった今でも、安心できるのは、便利でないものであり場所であったりする。

不思議な体験
自己との会話とは、そういった目に見えない会話で成り立っている部分が多い。

教えてくれる場所があるのは、人生の宝にほかならい。


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