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兄弟の欲望で壊れた家

生存競争もない過疎化の激しい田舎の家
故郷を子孫に残すのは親の役目

そこに自分の私利私欲で散財をし
埋め合わせるために兄弟の犠牲を強いる人間は
この世にいくらいるだろうか?


自分の引き起こした因果をすべて
亡くなった親のせい
兄弟に置き換えれる勝手のよさは
この母娘 
随分 胡座をかいて 楽に生きてこれたのだなと
呆れ果てる。

状況判断もろくにできない頭のたりないご親戚一同揃えて
あとから取り返しのつかないことを
この犯罪者が冒したことが理解できただろうか?
家を潰し、兄弟を潰し
のうのうと平気なツラをして生きれることは
許されることではない。


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徘徊する老人たち


最近は、めっきりと、独居老人問題など、考えるようになった。

というのも、痴呆老人が身近に増えてきたからだ。

近所の某元歯医者さん
いきなり7月の猛暑のなか、朝から晩まで、わざわざ家の近くの桜の木したで、上半身裸で、センス片手にひなたばっこ

蚊にもかまれるだろうに、夜の九時まで!どう考えても普通ではない。

隣には、こどもさんも住んでいることから、気色悪がって外にでれない。

警察に通報してなんとかしてくれと、近隣の人が頼んだが、「注意程度なら言えるが、それ以外はどうしようもありません」とのこと
当たり前といえば当たり前なことだ。
犯罪者ではないのだから

この某歯医者さん なんでも、「測量をするためにここに来ているんだ」と、警察に告げたとか

道理で、家の前の道路には、青とか黄色とかマーキングした直線のラインが書かれている
しかし、元歯医者の専門外だから、おかしな話だと思っていた。

このおっさん、この前まではまともだったと思っていたけれど、高齢化からくるものだろう。
奇行が増えだした。

今のご時世だから、体は元気でも頭がやらるケースが多い。
俗にいう徘徊もどきのご近所さんが、気をつけてみると、なんと多いことか。

しかし、仕事の関係から、中小企業の某社長さんたちと会う機会が多かったが、みなさん、定年をとっくに超えている。
会社で借金しているから、人には任せることはできない、生涯現役、とてもボケてる暇は彼らにはない。
記憶力も判断能力も、体力もそしてなんといっても、気力が^負けていない。

目的がなくなり、それなりに生きていると、ボケがはじまる
社会的刺激の強弱で人は変わってくる。

緊張感をもって生きること

いつの間にか、シルバー世代を労働者としと使うことも多くなっているので、そんな彼らの年齢を考えると、生涯現役は大切なことだと痛感する。

人の生き方、できることなら正しい生き方を早いうちから身につけておきたい。

仮に退職して、退職金を沢山もらって悠々自適な人生がおくれるとは限らない。

人は、欲望の塊だから、いい年齢になっても、俗物を一杯精神につけていると、争いがたえない。

体も、精神もそうだけど、今日一日で、すぐに修正がきくものではない。

常日頃の心がけが大切だ。

写真談義

パソコンの時代になってデジカメで撮影した写真が、今まで2万枚近くある。

私の写真は特別な技量もなく記録をとることしかできない。
だから、撮影した写真はあまりみなさんにおみせしたことがほとんどない。

しかし、被写体がいいのだろう。
海を知らない地域の人に見せると綺麗だといわれることが多いことがわかった。

偶然わかったことだけれど、自分の撮影した写真を第三者が見ることにより、色々な情景が喚起される。

そういった喚起する経緯を各自が語り合うのも、人生の勉強になっていい。

他のソーシャルネットワークでも、

「あなたの写真すきです」

「心が癒されます」

といわれたことがあった。

当時はお世辞だと思っていたが、そういわれるのもまんざら気分が悪いものではない。

冷静に考えれば、今のデジタルカメラの技術躍進のおかげで、構図だけで腕はあまり関係ないのかもしれない。

大崎上島の印象は、海と太陽が自分にとって大きなテーマとなってくる。

中学生のとき学校から帰宅するため自転車で何キロもこいで帰るのだが、そのときみた島の間から生命感たっぷりの巨大な夕日と出会った体験が大きなベースとなっている。

キザな言い方だけど、都会ではとても自然と対話などできる場所も五感も育つことはできない。

もっと端的にいえば、欲望以外のものがあるのかなと思う。
すべてお金で集約されてアウトプットされてしまうのは、おかしな話だ。

人の感情もこれでは埋もれてしまう。
残念なことだ。



上の写真は、今から7年前ぐらいだと思うが、朝5時ぐらいに起きて、海岸沿いの山に登り、三脚を立ててデジカメでスライドさせて撮影した写真だ。

場所は外表海岸
家の畑のあった場所の海岸どおりだ。

太陽が昇ってくる場所が、ちょうど大三島の大山祇神社付近
瀬戸内海特有のなぎの状態で海面が静まりかえり、まるで湖のような状態だ。
西洋の人間が瀬戸内海をinland Seaと名づけたのがよくわかる。

人(船など)が登場する余地がない空間をつかむことができてラッキーだった。
自然との対話が根底にある。

できることなら、一人占めするのではなく、運命に導かれてこの地に訪れた人にシェアできたらなと思う。


島に育った人や、その魅力に心を奪われた人の多くは、自然との会話を楽しんでいる。

それは、目には見えないけれど、都会で苦しんでいる多くの人の心を治癒する力があると最近は思うようになった。

人間とはもっと普遍的な存在であるべきだし、破壊と再生を前提とした刹那的な資本主義システムでは決して表現することのできない、大切なものだと思う。

写真を見て、いってみたいという人が増えてきた。

近いうちに、島に来る苦労と、初めて体験するであろう自然の力を知ってもらえたらいいなと思っている。




懐かしいあの曲



資本主義は、欲望が前提での消費社会
利潤追求と隔絶された個人社会

エンドレスで継続する利潤追求システム構築のための再生と破壊
富は集約され
豊なになるのではく、ますます貧しくなっている現実

トラップは巧妙に仕掛けられる

人の人生を投機と錯覚する人のなんと多いことか

毎日の出来事

本の話、文化の話

図書館にいって、文献をあさってきたが、やはりおんな市場を扱った本の内容は、俗に言うグロイ話題が多くて、読みきるのに精神的にきついのが正直なところ
決して、楽しんで読める内容のものではない

パソコンのハードディスクを整理しているが、愛媛県側の記録があったことに気がつき再度読んでみたが、目に付くのはタイトルだけで、時代背景や、年代をさかのぼっての、対比ができていない。
こんなのが、文化行事として、話題にあがるのだから、リスナーはきっと間違った印象を瀬戸内海にもってしまうのではないかと、危惧してみた。


根拠・理由づけは最低限必要で、ちゃんぽんにして、面白おかしく語るのは、適切ではない。

そう考えると、島は島なりの独自の解釈は必要だ。

勿忘草にしてはいけない。



組織って難しい

所属しているNPO団体の状態が思わしくない

総会で決議されたことも、ほとんどできていない

役員が本来はやらなければいけないことが、何もできていない。

心配や批判ばかりしていては、前に進まないので、来期は役員になりましょうということになります。

少しでも正常にもどれるよう軌道修正したいと思います。

「何もできないのなら、最初から役員になるなよ!」と愚痴りたいところだが、改めて組織って難しいなと痛感

時間は待ってくれないから




ダチとの電話


やっぱりいいよね
短い時間だけど、魂がある

明日につながる



再度図書館にて

二河白道図を見た
鎌倉時代に描かれた仏教画
現物は奈良国立博物館に展示しているそうだ。
http://www.narahaku.go.jp/collection/d-948-0-1.html
http://www.narahaku.go.jp/collection/v-948-0.html

絵に描かれている登場人物を現代に当てはめてもまったく違和感がない
というか、現代こそ この仏教画は意義深いものにうつるだろう。

参考にしてもらっているサイトの画像が小さいため詳細がパソコンで確認できないので残念

オールハッピーな時代はこないということを暗示している。



もろもろ

山田洋次監督の東京物語

いよいよ、撮影がスタートする。
限られた時間だけれど、素晴らしい作品になることをお祈りしています。


また、台本外の嬉しいハプニングもあればと思います。
船の音、海の見える風景をどういったシーンで挿入するのだろうか。
来年公開になりますが、
その日が待ち遠しいです。


ただ、残念なのは映画撮影ばかりの話題で、監督の過去の作品へのレビューがないことです。
以前、まとめたものがありますので、ご参照のほどを

http://waqwaq500.blog.shinobi.jp/Date/20111023/

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田舎を歩けば

日本は資産デフレとなっています。
田舎には、住まなくなった家があり、そういった人は都会にも家がある場合が多いのです。
また、管理維持できなくなり、野放しになった家、施設もあります。

大崎上島も統廃合された学校がありました。
活用度を高めるため、再利用が一番なのですが、廃棄されます。
今まで数回いったことのある「大三島ふるさと憩の家」の実用例をみると、面白い利用方法もあったのになと思います。


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日本って

借金大国だけれど、新しいものを作るのではなく、古いものを活かす方法がまったくできていません。

資本主義の定義の一つに、マスプロ(mass production)が組み込まれているが、建築もその中にどっぷりつかってマヒを起こしている。

どれだけ早くどれだけ安く、そしてどれだけ利益を搾取できるか、ほぼこの点は間違いがないだろう。

壊すことも考えたデザイン、坪効率ばかり目的にすると、遊び心も、提案もなにもかもなくなってくる。

だから現代の建築家は、レジスタンスのごとく氾濫を起こしている。
八濱漂泊傳さんのサイトをみると、そのことがよくわかります。


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人間の歴史って人をどう定義するかの歴史だった。

島に行くのは、至難の業です。
電車、バス、船の乗り継ぎが悪く、行くことに覚悟が必要となります。

年を追うごとに利用客が減り不便になっていきます。
ひとこと観光といっても、大変な労力が必要ですが、体験型修学旅行は、是非頑張って欲しいと思います。

最近 特に思うのが、仕事に関して随分と人を軽く扱う世の中になったものだと思います。
世代間格差、人身売買と言われる労働者派遣法施行後の労働環境の悪化

あの東日本大震災の死亡者数よりも、自殺者数の多い日本
この国の社会システムはメディアはこう書きませんが、はっきり崩壊していると断言していいと思います。
日本は、平和国家して憲法理念に掲げられていますが、戦争がないかわりに、内なる戦争は続いています。

社会の一員として、もう一度、自己を見つめ直す必要が迫られていると痛感します。

映画にしても、観光にしても、今の時代のキーワードは「人」であることは間違いありません。

またこうした状態が続けば、パラダイムチェンジとして社会広範に影響を及ぼすと思います。

ぶれがなければ、島が島として新たに輝きをます時代が巡ってくると思います。

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