パソコンはスタンドアロンで使うのではなく協同作業に向いている15年以上前のことだけど、当時 IBMのパソコンを使っていた関係で今は亡きLotusOfficeを使っていた。
Lotusの製品は、当時から今で言うクラウドの概念は前提で設計されてあり、サーバーにファイルを置いて、ネットワーク環境さえ整えば、世界のあらゆる場所で作業ができるよう、FTPがどれもついていた。
この製品の随分あとから、一太郎とか、サーバー保存サービスをつけたパッケージ販売がはじまった。
表計算は、エクセルではなく、123を使っていた。
教えて頂いたのは、九州で郵便局に勤務されているたぼたぼさん
この方に、すべてネットワークを通して私のつたない質問に対して、ファイルとメールでコーチしていただい。
当時の限られた制限の中で、ありあまる、たぼたぼさんに知識を授かりいまだにあれは奇蹟に近い出来事だったなと思っている。
今から、16年前 1999年当時の話
また、スマートフォンのない時代、Palmが趣味だったので、互換性のあるアップルの連中にも、コミュニティができフォーラムで盛んに情報交換ができたいわいる「いい時代」を経験できた。
大阪でも地下鉄、電車、みなスマートフォンの画面に釘付けだ。
情報ツールとして、相互理解ができているのかといえば、必ずしもそうではないだろう。
やはりface to face
じかにみないと信用できない
人間の人生なんて、そのほとんどが、誤解と錯覚の繰り返し
頭のいい人は演繹的に、正解を導く方法を知っているが、思い込みの繰り返しは、精神にも、体力的にもよろしくない。
なんであれ、人にたよらず、独立的に生きた方が身のためだ。
島の情報も、既成のツールを使ってなんだか、「オシャレ」しかし、オシャレでは、生活感が伴わない
年金も尽き果て、死ぬ直前まで働かなければいけなくなる現実に向かってどう社会と向き合って生きていくか?
高齢者となり労働生産性が低い状態で、果たしてどんな「労働」が近い将来 存在するのだろうか?
国民の知らぬ間に、日本全国に張り巡らされ継続している公共投資はどこにむかうのか?
赤字国債は償却できるのか?・・・外国の借金は少ないけれど、国内で返済の仕組みができるのか?
少子高齢化・・・大都市も既に高齢化が進展している これから独居問題も大変だ。
大都市と地方の関係・・・中央集権的な時代はいつになったら終わるのか?高速交通網ができると どうなるのか?
衰弱し続ける人口問題・・・出会いもなければ感動もない、ただ時間がすぎるだけ、それじゃまずね。
まぁ、ぐちっても、何にも前に進まないので、とりあえず、前を向いて歩こう。
そのうち なんとかなるさ、人生は。