久しぶりになにわの海の時空館にいってきた。
お盆に入っているのか、それなりの集客だ。
3時以降になると、入館料が半額の300円になるので、是非利用していただきたい。
南港コスモスクエア駅からだとバスで来るといいだろう。
しかし、いつきても立派な建物だ。
おかしな縁で、この館とは仕事で関係をもつことになったが、まさに奇縁だ。
今日来たのは、いつなくなるかわからない時空館
赤字が毎年3億もでてしかも、橋本さんが市長になったのだからしかたがない。
費用対効果を導入されると、行政の仕事はほとんどがひっかかるだろう。
私の仕事館も橋本さんの決定で、廃止されたけれど、本来労働保険は労働者のための万一の保障みたいもの
そのお金をあんな施設につかうなんて、確かにおかしい
しかし、この施設だけは、どうしてもなしく欲しくないと個人的には思っています。
菱垣廻船の浪華丸があるから
この前、北陸の山中に旅行でいったときも、廻船の話題が出てきた非常に面白かった。
また、廻船といえば、女の話題が必ず登場してくる。
俗にいう男性をお世話する女性が、山中では獅子にたとえられたり、瀬戸内海ではおちょろ船になったりする。
地域性もあるのだろうが、表現とニュアンスはかなり開きがある。
廻船問屋といえば、大崎上島では、望月家、宮本家
どちらも一時代を築きほぼ終焉を迎えたが、いったい何がおきたのだろうか?
木造船の寿命は20年といわれている。
実物の浪華丸を見ると、船の大きさにくらべその不釣合いな巨大な帆を見ると、航海は大変だっただろうと連想できる。
模型の世界だったら、面白いかもしれないデザインだけれど、これを海に浮かばせ実走さえるのは、至難の業だっただろう。
ましてや、瀬戸内海ならまだしも、日本海の強風、突風、波に船をさらすことは、まさに命がけの仕事だったんだろう。
船床に神棚を作る気持ちは十分わかる。
江戸時代中期から、日本の物流を担ったこれら、廻船の運航・建造の技術がほとんど伝えられていないのは、寂しい話だ。
※
帆走風景ムービー西回り航路という巨大な物流の道ができあがり、富と文化がどのように波及していったか、非常に興味がわいていくる。
木造船に関することは、木江関連で取り上げているので、私のホームページをみて、蒔肌や舟釘の問い合わせがくることがいまだにある。
また、現存している社団法人からも参照していただいているけれど、和船文化はいき絶え絶えの状態だ。
おそらく、今後の行政改革で消滅するか抜本的改革をしないと、後継者はいなくなると思う。
瀬戸内海の海の文化は、海賊防止例以前の機内~九州の村上水軍を代表する海の覇者の争いの時代から、江戸幕府以降、中央にコントロールされた、この西回り航路を代表とする、海上物流の時代に大きく分かれるが、マクロ的発想で、把握し進めていかないと、広がりが感じれない。
現在の大崎上島の在住の方で、北陸を北前船のことで連想する人もいないだろうし、逆に北陸の人で、寄港地として、瀬戸内海を捉える人もほとんどいないだろう。
分断した記憶をよみがえらす作業は非常に面白い
今回は、非常にラッキーだったのは、関西汽船が、昭和30年代の瀬戸内海の映画を放映してくれていたこと
昔は、瀬戸内海でも珍しくなかった塩田の風景が映し出されている
夕方からは、さんふらわJAZZ NIGHTと題して現役のさんふらわ号で、演奏されているJAZZ MENによる演奏会が開かれた。
素晴らし文化施設に、すばらしい音楽
ほんとに、300円でこんな贅沢な体験をしていいのだろうか?
坂本九さんの「上を向いて歩こう」が演奏されたのを聴いて女房から、「今日が命日なんだよ」といわれて初めてその意味がわかった。
昭和初期には、大三島も宮島と匹敵するぐらいの観光地であり、当時は関西汽船も停泊していた。
また同じことの繰り返しになるけれど、この和船のネットワーク
北前館 - 兵庫県豊岡市
なにわの海の時空館 - 大阪府大阪市
高田屋顕彰館・歴史文化資料館 - 兵庫県洲本市。「辰悦丸」の2分の1の大きさの模型がある。
淡路ワールドパークONOKORO - 兵庫県淡路市。原寸大で復元された「辰悦丸」がある。ただし、鉄船に木の板を張るなどしたもので、帆柱も極端に短いなど正確なレプリカではない[4]。
佐渡国小木民俗博物館 - 新潟県佐渡市。原寸大で復元された「白山丸」があり、中に入ることもできる。
高岡市伏木北前船資料館 - 富山県高岡市
石川県銭屋五兵衛記念館 - 石川県金沢市
北前船の里資料館 - 石川県加賀市
輪島市黒島天領北前船資料館 - 石川県輪島市
みくに龍翔館 - 福井県坂井市
北前船主の館・右近家 - 福井県南越前町
みちのく北方漁船博物館 - 青森県青森市。原寸大で復元され、帆走も可能な「みちのく丸」がある。
北前船回船問屋森家 - 富山県富山市。「旧森家住宅」として国の重要文化財に指定。北前船の回船問屋の様式が残されている。
昔のようにひとつの線に結びつかないだろうか?
こういったことに反応してくれた、
旅する櫂伝馬に参加されていた、みかんさん 元気にされていますか?
大崎上島造船史を書かれた故福本先生のことも思い出した。
大阪にいて、和船のことも考え、故人やお世話になった人たちのことも思い出し、海のことも連想し、すばらしい音楽、まぁ、お金はないし、不恰好な人生しか送ることのできない自分ではあるけれど、結果的に自分を理解してくれている人たちと交流ができ、感謝することができて非常に内容の濃い一日でした。
しかし、嫁さんはこのことをどこまで理解してくれているのだろうか?
迷路と書いておこう。