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昔の風景、もろもろの話

松林の話

幼年期、まったく環境問題に疎かった4歳か5歳の頃

最初で最後だったが、いとこに、大串海岸に海水浴に連れて行ってもらった。

昭和45年頃の話だが、当時の海水浴場の名物と言えば、松並木だった。

大串海岸は干拓してできた人工の海水浴場だから、造林したんじゃないだろうかと推測する。

造林しても、自然環境にあっていたのだろう。
立派な松並木が連なっていた。


ところがその後、この松達がどんどん枯れてやがて消滅することになる。

忠海火力発電所の影響ではないかと、当時の高校の女先生は、事業中に呟いていた。

記憶の確かな人がいれば当時を思い出して欲しい。

忠海火力発電所ができると、排煙の影響で雨水が変化し山の土壌が酸性となり農作物が出来にくくなっることを、風向きの方向を示した丁寧に説明したシュミレーションの絵がはいったパンフが配られていたことを。


その他、山陽道の開通後、東広島の松林が枯れてしまったこともニュースでよく報道していた。

よくある説明として、
「外材から松食い虫が繁殖したのではないか」
「酸性雨の影響があるのでは」
など広大の教授が新聞で解説をしていた。

結局今では、松林があったことも人の記憶から遠のいてしまった。

瀬戸内海のバイブル 小西和さんの『瀬戸内海論』の本の中には、松並木の景観の素晴らしさが何度も出てくる。

戦後間もない瀬戸内海の海岸線の風景をみても、当時の無茶苦茶な乱開発の後でも松だけは生き残っていたのに。



瀬戸内海の沿岸で松並木を思い出すのは、宮島ぐらいで他にわずかしかのこっていないのではないだろうか。

天橋立に10年前遊びにいったとき、この素晴らしい景観を見て、海岸線=松並木を連想していった。

本当なら古来から日本人の情感の中に溶け込んでいる守るべき風景だったのだが、今となってはもう遅い。


長島火力発電所

小学生時代(昭和40年後半)、大崎に遊びに行った時、この大崎町に火力発電所を誘致するかどうかで、賛成派と反対派で町を分断して大人達がもめていたことを思い出す。


空と海と大地と、そうして生命を守りたい  芸南火電阻止協


お気に入りのオモチャ屋のおじさんは、反対派で元気よお得意さんの我々をほっといて、盛んに反対派の人達と意見交換をしていた。

記憶が定かじゃないけれど、当初建設予定の大崎ではなくて長島に火力発電所に建てることに落ち着いたはずじゃなかっただろうか。

常識的に考えて、ど田舎に巨大資本の電力会社がくるのだから、地元ではよくやった派に押し切られたのだろう。

長島には最後まで反対していた人もいたが、強引な形で追われることになった。

理解なき人は、たくさんの保証金をもらってうらやましいなどと浅はかな発言をしていたのだろう。

私は、昔のホームページでも火力発電所誘致は環境問題はあるけれど、当時の町長の英断だったと書いたことがあるけれど、このことに関しては今もそう思っている。

しかし、あの長島から出ている巨大な煙突は、瀬戸内海の景観を壊している不格好なオブジェだ。

写真家ならあの馬鹿でかい巨大な煙突を避けるためにどれだけ苦労をしているのだろうか。

赤白のツートンの煙突は、小学生でも理性が妨げて絶対作らないだろう、アホ丸出しの建築物だ。


また時代が時代だから、どうしても田中角栄の列島改造論を思い出してしまう。

開発することによって多くの人が潤うと錯覚していたよき時代の見本だ。
実際は利益よりも借金を日本が背負う赤字国債がスタートした年代に近い。


炭鉱中心から石油中心のエネルギー政策転換

昔のページで相互リンクしてもらっていた、小雪さんの住まれていた長崎端島(軍艦島)も炭鉱だけの為にできた人工島だけれど、国のエネルギー政策の元、石炭の需要がなくなり昭和49年に閉山、離島した。

炭鉱は瀬戸内海の島では馴染みがないだろうけれど、九州や北海道では戦後間もない頃 石炭は黒いダイヤとして持てはやされ沢山の炭鉱もあった。

大崎上島では、海上輸送が中心だった昭和30年後半まで、九州から大阪方面の経済航路の中継点として、またそれに使う中型船建造のお得意様として恩恵を受けてきた。

戦後の60年ほどの間に、エネルギー政策の中心は、石炭、石油、そして原子力と移っていった。

人も物も金も、忘却することを前提に政策的に移行してきた。


原発災害ってなんなんだろう?

福島原発の事故の後遺症は止まることはない。
この暑い炎天下の中、いまだに被災者は、自衛隊は、復帰にむけ、異臭漂う中、我慢し努力している。

加害者側の東京電力の社員の方も決死隊となって、放射線が降り注ぐ危ない現場の第一線で不休作業を昼夜している。

福島の小学生や児童はどうなのだろうか、

彼等が将来背負っていかなければいけない、おおきな責任は、政治家や商業メディアが決して口で現すことのできない大変なものだ。

他人事ではない。

道理に合わない。

一人の人間としてどうかということだ。

あなただったら、耐えられるだろうか?

耐えるためには、2つの方法がある。

情報をシャットアウトして、完全に無視する方法。

そして、逆に原発推進に徹底的に賛成する方法だ。

感情を入れず、冷酷に利益をむさぼる方法だ。


同じ日本人として、同胞として・・・・


日本は、1945年アメリカの国際法違反の一般市民をも殺戮の対象にした広島と長崎での原爆投下により放射能汚染の怖さを知っていたはずだ。

(ちなみに指摘しておくが、白人は黄色人種である日本人だから原発を落としたという説が有力視されている。そうなれば白人の人種差別の象徴と言えるだろう。)

人類史上体験したことのない大惨事を経験した被爆国日本は、最低限、本能的に正しい判断ができなければいけない。

何のための犠牲だったのだろうか?

ちゃんとした安全基準がこの時にできあがっていなければいけなったのに、それさえも論議されないとは、空洞、骨抜と断言してもいい。

戦後から70年以上の時間は経過したのだが、その間何を論議し取り組んできたのだろうか?

無駄な実効性のあがらない観念論の推進、既得権力化するための実体のない世界平和実現のための憲法論議など、どれもこれも世界では通用しない建前が前提でのむなしい論議だ。

だから適切な判断がなにより大切なのだが、いざその場になると迅速に決断もできない。

隠す、遅延させる、圧力をかける 最後にはだます

こんなレベルでは、民主主義はまだまだ先だ。

無知なるが故に、責任のないはずの犠牲者を出すことは、もうやめるべきだ。

責任をもって各々が現実を受け入れる以外選択肢はない。

当たり前のことを当たり前にしなければいけない。

品格のレベルまで上げないと、明日の日本はありません。

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