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海里山、地域の再生へ

昨年11月、大崎上島文化センターで瀬戸内海沿岸部の海里山の歴史と文化(法人かみじまの風・九州大学応用学研究所等共催)をテーマに、シンポジュームと民俗学者宮本常一の記録写真展が開催されました。
シンポジューム当日、文化資源としての藻と松と題して講演した印南敏秀さんは、大学生の時から宮本常一に師事し、共に瀬戸内海の沿岸部や島嶼の調査研究を続けてきました。
生活文化から考える地域づくりについて聞きました。

海里山、地域の再生へ
生活文化をたどると、これからが見えてきます


印南敏秀(愛知大学大学院文学研究科教授)

シンポジュームでは、藻と松を通して瀬戸内沿岸部の人々の生活文化の発見を試みたわけです。

かつて瀬戸内沿岸部では、藻と松は生活のなかで幅広く活用され、どこにでもふんだんにありました。ただし自然のまま放置したのではなく、採り尽くさないように共同体で管理し、持続的に活用していたのです。

ところが化学肥料やプロパンガスなどを使うようになって、長い間肥料や燃料しとして生活をささえていた藻や松は、急速に失われました。

沿岸部の人々には、あまりにあたりまえすぎたのと、科学知識偏重のなかで、経験知の大切さを忘れてしまったからです。

海に種まく漁民で広く知られている日生漁港の、アマモ再生の取り組みの始まりは、定置網漁師の魚は獲れなくなったのは、藻が減ったからではないかというつぶやきでした。

いつも海を見ていた漁師の経験知が、アマモと海産資源の密接な関係性に気づかせたのです。
生活文化のなかで生まれた経験知をもっと大切にすべきだと思います。
宮本先生は全国の離島・山村を歩く先々で、民具を集めなさいと勧めました。
文化財として位置づけよというのではありません。
民具を通して昔の人の生活を知り、昔の人々が暮らしをよくするためにどんな工夫や知恵を働かせていたのかを学んでほしいと願っていたのです。

それが、さらには人づくりにもつながるからです。民具を調べたり記録したりすることを通して、地元への愛着や興味が湧いてきます。
民具は具体的な対象で、生えぬきの島人もU・Iターンの人もいっしょに取り組め、互いに学び合えるのです。

また弓削島の女性グループが、はじめてお年寄りの話を聞いて記録した報告書を読みましたが、地域の特性が見えて興味深いものでした。
地域づくりを考えるとき、目標とする生活をどこに置くのかを定めることも大切になります。

おおいに議論することが大切ですが、地域の特性を活かすのが鍵です。
その特性は生活文化の中にこそこめられているのです。
そのためにも身近な生活文化の掘り起しが重要なのです。
宮本先生は晩年、故郷周防大島で郷土大学を始めました。
志半ばで急逝されましたが、これから島をどうしていくかの足がかりとしたかったのです。
地域づくりは場所や時代によって手法が異なります。
地域をよくするために、島民自らが難しい課題もあきらめずに地道に取り組むことが基本です。

そこに大島を愛する旅人が気軽に立ち寄って交流する、そんな大学を故郷につくりたかったようです。

ところで先の大崎上島訪問の際、月の浦(生野島)のアマモの豊かさに驚きました。
今や瀬戸内海の藻場はどこも瀕死の状況だというのに。これを生かさない手はないように思いますが、どうでしょうか?


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印南さんは、小西和の『瀬戸内海論』の現代版といえる『瀬戸内海事典』(南々社)に編著したり、周防大島と縁のあるみずのわ出版から本をだされたりと、瀬戸内海海洋文化のキーワードになる人だ。



残念だなと思うのは、受け皿作りで、せめて共催の団体のいずれかが、ちゃんとした資料を、広報であげることにより、大崎上島のみならず、国内の研究者にも注目されることにつながると思う。町興しにもつながる。

チェックしていると、反省会は打ち上げのみでなにもなしとの自嘲ぎみのコメントがあり、魂をいれる作業まで神経が届かないのかなと思います。


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