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永続して欲しい島、斎島

実は、今日忍者ブログのデータが、サーバーが重くなり一時保存していた内容も、復旧した際に確認すると、全部吹っ飛んでいました。

関連があるので斎島のことを、取りあげます。

忘れて欲しくない島、斎島です。




6年間に一人きりの生徒は〝林家小福〟

シベリアからのアビが渡ってくる海面を、クラッシックな同栄丸は悠々として斎島に着く。

古くから心霊の宿る島として、海人の信仰を集めていた斎島は、四国愛媛と中国広島の中ほどの斎灘にポツンとあって、その重要さを偲ばせる。歴史ある斎島が、最近の時勢の動きにそのポツンがむしろ取り残されたような淋しささえ感じさせる。

それは、裏をかえせば、斎島こそ貴重な「まほろば」なのかも知れない。

四十七世帯七十一人、一集落に立派な蛭児神社と大願寺があるが、もうひとつの永く後の世までそのまま保存したい貴重なものがある。

しかし、それはこの本が出版される頃、(平成7年)、残念ながら取り壊されてしまう。
この学校の最後の卒業生となったのは、@@@さんで、またの名前を〝林家小福〟という。
最初の時は、(平成元年)は一年生が一人だけの学校とは知らずに訪れた。
小学校に立ち寄ったら、学校には校長先生が一人だけ。

たった一人の一年生はその日、集合指導のため、担任の女先生と一緒に大崎下島の大浜小学校に出かけていた。

あどけなく愛くるしい@@@ちゃん、一人だが充実した斎島小学校、アビのくる斎島の人々の生活。花いっぱいのきれいな、昔なつかしい校舎にメタセコイヤ、イチョウが一層、学校を引き立てていた。
卒業する前の晩秋(平成6年11月)私はその子と斎島小学校の教室で会った。

ずーっと一人でとおした@@@さんに敬意を表し、残念ながら卒業によってすべての幕がひかれる斎島小学校に、別れを告げることを充分意識しての島渡りだった。

校長先生はaaa先生、@@@さんの担任はLLL先生、養護教論のKKK先生、用務員のSSSさん、それは、@@@さんのお母さん。
6年生の@@@さんを含めてすべて女性の美しい学校だ。

aaa校長先生から、@@さんが6年間一人でがんばったこと、
学校が廃校になることが、確実になったことなど話を伺ったり、一年生の時お訪ねしたことのあることを話したら、特別なはからいで@@@さんの教室で@@@さんと私二人だけで話をする機会をつくってくれた。

「@@@さん 一年生の時、この学校に来たんですが、」
「大浜小学校に集合指導で行った日でした。残念だったけど、廊下の絵や作文 見せてもらいました。」
「一人だけど、先生方がいい先生で、それに大浜小で集合指導や運動会で友達がいっぱいいたし・・・」
「@@@さんがこの3月に卒業すると、このいい学校も廃校になってしまうんですね。老人会の方々に上手な落語をやって慰問していましたね。「担任の女の先生が、この学校の一つの部屋で老人会がよくあるので島の先輩のおじいちゃんに何かして喜んばしてあげようかということになって。 〝林家小福〟の名もそのために先生がつくってくれたんです。
一年生から6年生まで一人という境遇は寂しいはずなのに、少しもそんなことを感じさせずに、反対にまわりを慰めてしまう@@@さんの温かいパワーには脱帽。

斎島小学校の校門に立ち、もう見られなくなる校舎、校庭、それに木々や美しい花を見る。
文化の歴史、文化灯台の光を与え続けてきた、明治13年から輝かしい学校に、別れを最敬礼した。
最後の校長先生や、先生方、@@さんのお母さん、そして6年間一人で立派に学校の主であった〝林家小福〟さんに栄光あれと会釈して門を出た。




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「小さい島の分校めぐり」から


花と緑に 囲まれた
私たちの 斎小
とても小さな 学校だけど
明るい声が こだまする


斎島の文化灯台の光が消えた。

斎小が「斎島」と題した廃校誌を世に残すと、すぐに豊浜町はあの校舎を取り壊して、文字通り廃校に。

平成8年6月1日 、4億数千万円をかけて「あびの里」斎が校舎跡地に建て替えられた。



インターネットを使って人と地域を結びつかそうと、挑戦されていのたが、豊浜町ホームページのKさんだった。

O高校の2上の先輩にあたる。
1999年からだと思うが、地域のポータルサイトとして、豊浜町の公式ページ以上の役割を果たし続けている。

Kさんには、先輩として今まで、色々な協力をして頂いてきた。
ボイスブログをしていた時に、 斎島の夏に行われるライブの演奏をファイルで送信して頂いたり、貴重な情報、落ち込んでいる時には励ましてくれたりもした。

どちらかといえば、個人サイトは、管理人の趣味、無意識のうちに宣伝になったり、公益性にたえうるポリシーを維持できないのが、必然であるが、豊浜町ホームページは首尾一貫して、公益性に徹しているのは凄いことだ。

絶対的人口をベースとしてアクセス至上主義、多勢に無勢ばかりが、ネットの利用法ではない。
小さなエリアでも人と人を結びつけることのできる大切なツールなんだということを教えてくれた。

斎のことに関しはリンク紹介させて頂いている島の図書館―離島文献情報サイトの管理人さんも、訪れていたり、学校関連では、大崎上島から何人か教員として赴任していた。

過去の動画にも、小学校時代の校長が映っていたり、もしかすると林家小福さんの担任の先生も知っている人である可能性が高い。

サンフレッチェ広島の社長の親友が、斎出身、高校の先輩でもあり今は亡き故人である先輩のNさんの親友だったりと、人と人との結びつきとは、不思議なものだ。


何度も書いてきたけれど。地域と人との関わり合いを考えると、
「豊かさとはなんなんだろうか?」
と疑問に思う。

橋や道路など過疎地域にも津々浦々でき、そのことが、便利になり豊になり人が増えることに結びつけばいいのだが、地域は逆に過疎となり、道路の通行量も減り、負債として維持費が借金にかわり後生に積み残しつづけるおかしな日本の風景が多い。


個性とはほど遠い世界
記号化された食べ物や、建物、ファッション、生き方、
画一化された日本は、楽しいとは思えない。

ジャンクフードが世の中に氾濫している、そんな人生はつまらない。

豊かな日本はどこにあるのだろうか。
できることなら、故郷はいつまでたっても変わらない故郷であって欲しい。

ヨーロッパなど、古い町並みは沢山残っているし、今も使い続けている。
日本では、建築基準法の影響で、耐震性が木造建築にないものと決めつけ、新しい鉄筋コンクリートの建物に浸食されていった。

愚かなことだ。

そういったことは、建築の専門である八濱漂泊傳さんが書いてくると思うので期待して待とうと思います。

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