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消える最後の給水船、瀬戸の風物詩ー広島県・木江町、大崎上島の木江港

消える最後の給水船、瀬戸の風物詩ー広島県・木江町、大崎上島の木江港

昔のデータベースにありました。

1991.04.09

瀬戸内海でただ一隻残っていた、船に飲料水を出前する給水船、「みずほ」の船長、浜田貞行さん(70)が、四月いっぱいで引退する。明治時代から瀬戸内風景がまた一つ消える。

浜田さんは広島県豊田郡木江町、大崎上島の木江港で関西と九州を行き来する船に水を運び続けてきた。

家業の給水業を引き継いだのは、昭和23年。兵隊から帰ってすぐだった。

「みずほ」は、長さ11.5メートル、幅3メートルで18トンの水が積める。

妻ミツ子さん(68)が船舶電話や無線で注文を受け、浜田さんが二、三百メートル沖合に停泊する船に、横づけして送水する。料金は、1卜ン600円。

ピークは昭和30年代。木江港沖には筑豊の石炭を阪神工業地帯に運ぶ船が毎日約二百隻も停泊、給水を待った。
他の業者も合せ8隻の給水船がフル回転した。

当時は、500卜ンまでの機帆船が大半。

水夕ンクが小さくニトンくらいしか積めず、補給は欠かせなかった。

仕事が減ったのは、木造船から現在の鋼船「みずほ」に替えた40年代。エネルギー革命で筑豊の炭田が衰退したことや、船が大型化してひんぱんに水を補給する必要がなくなった。

給水船も次第に減り、昭和57年以降は、浜田さんのみずほ一隻に。

現在は、砂利運搬船などに月にlO回程度、給水するだけ。

浜田さんは、「船から連絡があれば、すぐ出なければならない不規則で厳しい仕事でしたが、やりがいがありました。43年間無事故だったのが誇りです」と振り返る。
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