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海の道 毎日新聞1月1日号から

海の道:築こう 郷土の「歴史ロマン」 (その1) /広島

 瀬戸内海は古くから海上交通の重要な“道”として栄え、独自の歴史や生活文化が築かれてきた。古くは遣唐使や日宋貿易、朝鮮通信使……。今や離島が橋で結ばれ、人の流れや生活様式は大きく変わったが、先人が築いた文化は、現代を生きる私たちの財産。その価値を再確認し、受け継いでいく取り組みが、県内各地で盛んだ。不安の海に漂いながら迎えた2011年、未来に向かって新しい「海の道」を築く航海に繰り出したい。まずは「歴史ロマン」に秘められた郷土の魅力に触れてみませんか。

 ◆神仏習合
 ◇大河ドラマで“宮島ブーム”!?


 神の島は、仏の島でもあった--? 4年連続で観光客が300万人を突破した宮島(廿日市市)。世界遺産・厳島神社の朱色の大鳥居は、青い瀬戸内海と緑深き原始林と鮮やかなコントラストを描く。来年放送予定のNHK大河ドラマ「平清盛」は“宮島ブーム”を予感させる。秘められた歴史の奥深さを知れば、島により魅せられるに違いない。

 「宮島は『神の島』と呼ばれますが、平清盛が厳島神社を修造した平安時代末期は、神仏習合、つまり神と仏が一体となった島だったんです」。空海が806年に開創したとされ、島最古の寺院である真言宗御室(おむろ)派大本山・大聖(だいしょう)院の吉田正裕・第77代座主(50)が、歴史をひもといてくれた。

 神仏習合は奈良時代から始まり、平安時代に理論化された。大聖院には、厳島神社に付属した「別当寺」だった名残を確かめられる。寺所蔵の「十一面観音菩薩(ぼさつ)像」は、元々は平家が守護神とした厳島神社にあり、神が仏に姿を変えて現れた「本地仏」として長くあがめられた。明治の廃仏毀釈(きしゃく)で神道と仏教は切り離されたが、菩薩像は歴史の荒波を乗り越えて、今も変わらぬ笑みをたたえる。

 大聖院の参道にそびえる「御成門」と、厳島神社の瓦などには亀の甲羅のような同じ紋様がある。厳島神社の大みそかの恒例行事「鎮火祭」も、元は大聖院の祭事だった。神仏習合は、過去のものではない。今年11月、1000人もの僧侶を招く法会で、功徳が高いとされる「千僧供養」が、約30年ぶりに島の千畳閣(豊国神社)で催される。宮島に生まれ育ち、観光協会の役員も務める吉田座主は「清盛に注目が集まるのを機に、神仏が共に歩んだ歴史も知ってほしい」と期待する。【矢追健介】


海の道:築こう 郷土の「歴史ロマン」(その2止) /広島

 ◆藻塩
 ◇先人の知恵、うまみ凝縮--上蒲刈島


 夏は海水浴客でにぎわう上蒲刈島(呉市)の「県民の浜」。その一角に、古代の製塩方法で作った「藻塩(もしお)」にまつわる施設が並ぶ。製塩の歴史を学べる呉市立「古代製塩遺跡復元展示館」や、藻塩作りの体験施設もある。現代に藻塩を復活させた松浦宣秀さん(74)は「浜で拾った一片の土器のかけらから、こんなにまでなるとは」と目を細めた。

 松浦さんは島にある来生寺の住職。82年、この浜で古墳時代前半(約1500年前)の土器のかけらを拾った。松浦さんは中学時代、石器として使われた黒曜石を拾ったのを機に、考古学に関心を持った。旧蒲刈町文化財保護委員として、島の遺跡の発掘調査にも携わった。かけらは製塩土器の底の部分と、すぐに分かった。83年、県が「県民の浜」として開発する工事で、古墳時代~中世の製塩遺構が見つかった。

 しかし、製塩方法が分からない。研究者らに尋ねながら独自に調べ、万葉集の「朝なぎに 玉藻刈りつつ 夕なぎに 藻塩焼きつつ」と詠んだ歌に着目した。海藻の専門家が「『玉藻』という海藻はない。玉が付いている海藻とは『ホンダワラ』だ」と教えてくれた。島の浜辺に打ち上げられる海藻だった。

 古代の人々は、かめに海水をため、ホンダワラを浸して干す作業を繰り返しながら、海水を濃縮した。塩を取り切るため、ホンダワラを焼いて炭や灰にし、濃くした海水に混ぜた。遺跡からはホンダワラを焼いた灰も見つかった。調査を積み重ね、14年がかりで製法に確信を得た。海水とホンダワラのうまみが凝縮した藻塩は評判に。98年に島に第三セクターができ、「海人(あまびと)の藻塩」として生産を始めた。今や全国のホテルや料亭で重宝され、インターネットでも人気を博す。

 「藻塩に宿るロマンを感じてほしい」。松浦さんは期待する。【樋口岳大】

 ◆朝鮮通信使
 ◇「日本一の景色」たたえ300年--鞆の浦


 瀬戸内海に浮かぶ島々を見渡せる景勝地・鞆の浦(福山市)。昨年は坂本龍馬ブームに沸いたが、今年は朝鮮通信使が「日東第一形勝」(日本で一番美しい景色)とたたえてちょうど300年。「縁地連朝鮮通信使関係地域史研究会」(事務局・山口県上関町)副会長の池田一彦さん(72)=同市鞆町=は「鞆の浦は朝鮮通信使がたどった寄港地。海の道構想はまさにうってつけです」と語る。

 朝鮮通信使は鎖国下の江戸時代、日本が唯一、正常な国交を結んだ李氏朝鮮の使節団。一行は対馬から瀬戸内海を通り江戸へ向かった。中でも鞆港東側の高台に建つ国史跡の福禅寺客殿「対潮楼」は通信使の正使らをもてなす宿舎として利用され、1711年には従事官の李邦彦がその眺望を「日東第一形勝」と称賛している。

 その「最高の景色」を巡り、池田さんは喜劇的な逸話を披露してくれた。1748年に10回目の通信使が鞆の浦を訪れた際、運悪く対潮楼は福山藩の役人が宿舎に使っていた。先人の評判を聞き、期待に胸を高めていた一行は落胆した。「役人たちは『波の音で睡眠不足になる』『高台で水の便が悪い』と言い訳し、揚げ句の果てに『燃えてしまった』とうそをついた」(池田さん)。立腹した一行はそのまま江戸へ向かい、これに慌てた役人は急いで客殿を片づけ、江戸からの帰途に泊まってもらうことでようやく事なきを得た。史料の字面をなぞるだけでは分からない先人の豊かな表情が浮かび上がってくる。

 池田さんは「福山で盛んな書道をはじめ、朝鮮通信使が備後地域に与えた文化的な影響も数多い。景色を眺めるだけでも十分結構だが、背景を知ると歴史はさらに面白い」と語る。【豊田将志】

 ◇魅力向上 「地域資源」磨き、相互に連携

 県は、瀬戸内海に点在する「地域資源」を磨き、相互に連携させることで地域の魅力を向上させ、観光客や定住などの交流人口拡大を図り、産業を活性化させる「瀬戸内 海の道構想」の策定を進めている。湯崎英彦知事が09年の知事選で掲げた目玉政策の一つだ。

 20年までに、県内の年間観光関連消費を約3200億円(07年)から約6000億円に引き上げ、約1兆円の経済波及効果を目指す。県設置の策定委員会(委員長=石森秀三・北海道大観光学高等研究センター長)は1月中をめどに、構想案を知事に提出する。

 今年度約2000万円かけて、18の実証事業を展開中。海辺で特産のカキを焼いて食べられる「カキ小屋」、高齢化が進む大崎上島での朝市・カフェの出店、サイクリング愛好者向けに自転車が運べる電車やバスの運行など、集客を目指して模索が続く。

 構想素案で打ち出した方向性では、実証事業の検証などを基に、港町・宿場町のネットワーク形成▽市町や愛好者らとのサイクリングロードネットワークの形成▽アートをテーマにした拠点整備▽瀬戸内海の「食」を通じたにぎわい創出--など、33のプロジェクトを進める。【樋口岳大】


海の道:築こう 広島ユネスコ協会長瀬戸内海事典編集委員・北川建次さん /広島
 ◇「瀬戸内文化」の醸成を--広島ユネスコ協会長瀬戸内海事典編集委員・北川建次さん


 瀬戸内海の歴史や文化、特徴、そして活性化に向けた課題について、広島ユネスコ協会長で、「瀬戸内海事典」(南々社、07年)編集委員を務めた北川建次・広島大名誉教授(75)に聞いた。【聞き手・加藤小夜】

 瀬戸内海は古代、陸地の山陽道とともに、畿内と太宰府とを結ぶ重要なルートだった。万葉集にも詠まれ、厳島神社(宮島)の文化も生まれた。鎌倉に幕府が移って以降は重要度が落ちたが、それでも朝鮮通信使や西回り航路などのルートとなり、港町が発展した。

 日本は島嶼(とうしょ)国家だが、瀬戸内海があることで、より複雑かつ多様な景観が生まれる。中国のような大陸国家、韓国のような半島国家では見られない風景や文化がある。ただ、「瀬戸内文化」というものがはっきりとあるかは疑わしい。よりスケールの大きな文化となるためには、一人一人が地域の実態を知り、地域全体で縦、横、斜めと連携することで、強力で深みのある個性が醸成されるだろう。

 瀬戸内海の自然を忘れてはいけない。広島のような100万都市で、国立公園や自然林が残っているのは珍しい。一時は、利用や開発が優先され、長い間守ってきた自然や景観が、短い間に破壊された。それを保護していく視点が大切だ。

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フェリーの影響に配慮を

「フェリーの影響に配慮を」 '10/12/23


岡山県の石井正弘、香川県の浜田恵造両知事は21日に岡山市中区で知事会議を開き、フェリーへの影響に配慮した瀬戸大橋の料金設定を国に求める共同アピールを発表した。

共同アピールでは、高速道路の来年度以降の新料金の設定に向けフェリー、鉄道などへの影響や地域経済への波及効果を十分検討するよう注文。
新料金で各交通機関に損失が出た場合は、財政支援をするよう要請した。

両知事は、国が休日千円の割引制度を継続する方向性を示したことに関し「本州四国連絡高速道路への出資自治体に、2012年度以降の追加出資を求めないことを前提にすること」と強調した。

目指すべき広域自治体像も議論。
石井知事は「道州制が分権の究極の姿」と訴え、浜田知事は「大都市圏と地方の州の経済格差拡大や税財源が課題」と述べた。





瀬戸大橋をはさんだ、岡山県知事と香川県知事が、共同でアピールすることは、大変なインパクトがある。

まさに、時の利を考えた適切なタイムリーな行動ではないか。

これはいわば血判状といえるもので、海洋文化圏である両県がこうした明確な態度をお上にだしたことは、正直に驚いた。

地方主権が叫ばれているけれど、こうした行動はこれからの時代は当たり前になったくるのだろう。


今回の情報は普通で考えると、広島県知事にも事前に情報は伝わっていたと思うので、今後の政治的アクションに期待したい。

瀬戸内・海の道構想の会議が20日に終わり未だに資料が出ていないのは、こういったことに対する事前準備対応を含めての発表なのだろうか?
そこまで考える人は、あまりいないだろう。

共同アピールを出すまでの段階で、事業者団体、住民、行政を含め、関係者が場をもち、難しい両県で調整を図り結果を発表したという事実をどうお考えになるのでしょうか?

議場において討論した内容に関連して多くの副産物を両県の関係者も得たことだろうから、今後の文化交流もスムーズにいくことが予想されます。

フェリーも考慮せよ!との発言は、岡山や香川だけの問題ではなく、広島~愛媛の問題でもあります。
これは、よその問題ではないことを肝に銘じるべきです。

つづきはこちら

私が、考えた瀬戸内・海の道構想

湯崎知事の目玉である瀬戸内・海の道構想をみればわかるが、とびしま海道、尾道~今治ルート本四架橋中心であり大型公共投資・道路環境が既に整備された広域連合と、本土との道路体系から外れている大崎上島単独とにわかれる。

サイクリングロードにしても、架橋が前提だと、大崎上島はカヤの外ということになり、連携はとれない。まさに構想からもはずれ孤島状態である。

観光政策にしても、観光ルートから外れた状態で、県政からも無視された状態だ。

アジアからの観光客の増加をメインにするのなら、なおさら交通の便のわるい場所は非採算ということで、除外されるのは、当然のことだろう。

政治力をもってしてこういった寸断した海の道を人の力でつなげることで、はじめて本当の事業の意義がでてくると思う。

当人達が前後の事実確認をして、適確な方針・行動をとっていかないと、自律的に自治を管理することには結びつかない。

土下座外交では今の時代は受け付けてもらえない。

橋のある、なしでどう変わるのか?対比・討論するのもポイントだったと今更ながら、他人事のごとく思う。

みなさんはどうお考えなのだろうか?


私が、考えた瀬戸内・海の道構想

より瀬戸内・海の道構想事業を実効性のあるものにするため、新たに海の道(フェリールート)を赤い線で引いてみた。

これは既存のルートだから、利用の活性化をこめてフェリーも海の道であるという意味を込めてのことだ。



この線をひくことにより、呉から、下島までのとびしま海道と、今治尾道ルートが、結びつくことができる。

観光地として豊富な場所同士がドッキングすることにより相乗効果が生まれる。
また、東広島空港の位置的優位性もましてくる。

・とびしまサイクリングロード、しまなみ海道サイクリングロードを大崎上島の既存の設備も含め見直す。

※スタンプラリー形式にすることにより、船舶料金を半額など、考慮するなど細工をする。(県が補助する)
※低料金で宿泊できるよう、低価格3千円程度の宿をもうける。

こうして、わずか三本の線をいれることにより、瀬戸内海の魅力が多重的になる

意識をして考えてみてもらえれば、安い予算で、既存の設備を利用し、多くの人にしってもらえるきっかけになるだろうといつもながらに勝手に暴走しています。

逆に、言えば、このルートを挑戦したくなるような取組をすれば、格段に認知度が変わってくる。恒常的な事業に結びつくと思う。

予算が厳しいのなら、土日祝日だけでも、取り組んでもらえないだろうか?

幸いなことに、私は、湯崎知事にもこのことは、ささやいていないし、また、広告代理店にも売り込んでいない。

瀬戸内海にやってくる人は、独自のセンサーをもった人が多いので、ルートをネットで下調べして価値を見いだし、やってくる人が多い。

面白いと思える人は、是非 この案に同調して欲しい。
この私の考えた構想には、車の使用が入っていないのが、欠点です。これは乗車料金が異常に高いこともあり、解決法はあるのかないのかわかりません。

橋の架からない島として、島をアピールできることになり、架橋が整った現在の瀬戸内海と、昔ながら瀬戸内海の対比は、いくらでもネタがつきないほど、語り尽くせないテーマだと思います。

とびしま街道横断ルート

瀬戸内・海の道構想案を発表

瀬戸内・海の道構想案を発表

瀬戸内・海の道構想案を発表 10/12/18


 瀬戸内海への観光客誘致で産業活性化を目指す広島県の「瀬戸内・海の道構想」の策定委員会は17日、構想案を発表した。「多島美の景観」「地域に根ざした文化・芸術・産業」「瀬戸内の食材」をメーンにした3分野の33事業を展開し、2020年に県内経済への波及効果1兆円を目指す。事業の進行管理や資金調達を担う推進機関を設立する。

 景観分野は、朝鮮通信使や北前船の寄港地をつなぐ観光、島を巡るサイクリングロードなど18事業を明記した。文化・芸術・産業分野は、芸術を軸にしたにぎわい創出拠点の整備など9事業。
食材分野は、焼きがき店を沿岸に展開するオイスターロードなど6事業を盛り込んだ。
これら3分野を「瀬戸内ブランド」と位置付けた。

 構想推進機関の名称は「瀬戸内プラットホーム」。来年10月の設立を目指す。県や企業、NPO、金融機関などで構成し、事業の進行管理や情報発信、資金調達、事業の実施主体への融資や投資などを想定する。

 策定委は20日に広島市中区で開く最終会合で、構想案の細部を協議。来年2月をめどに湯崎英彦知事に提出する。






詳細は、20日以降に発表される予定です。

こういった大型公共事業で、思い出すのが、平成元年(1989年)におこなわれた「海と島の博覧会」です。
当時の日本は、経済成長期にあり、現在の閉鎖的状況とくらべ「消費が美徳」のバブル経済真っ直中です。

しかし、海と島の博覧会からわずか21年経過して今の日本の現状を考えると、どうでしょうか?

右肩経済前提の公共投資から、縮小傾向を前提としての公共投資に時代は変わりました。

知事も当然、発言していますが、10年後20年後先を見すえた事業でなければ、これからの広島県は維持できません。収益(バランスシート)が重要になってきます。


大崎上島の今後

巨大公共事業の投下された地域では、車でのアクセスが容易であり人が集まり、賑やかになり、媒体、評判をもとに、リピーターが増える。県民の浜などがその例です。

仮に、それ以外の候補地がルートの中にあったとしても、限られた需要の中で、競争原理が働くから、脱落組は市場から撤退となります。

大崎上島は、本土と道路交通網からも漏れてしまった、広島県でも珍しい島です。
竹原港から、わずかフェリーで30分の距離にある近距離の内海の島であるにも関わらず、交通体系に組み込まれなかったことで、「離島」となってしまいました。

1955年(昭和30年)5月11日多大な犠牲者をだした紫雲丸事故が、瀬戸大橋の架橋のきっかけとなり、現在、事故と因縁のあるこの島には、橋も架からず、新たな交通基本法に設定に向け当事者として活路を見いだすのは、運命を感じます。

将来のことを考えると、離島が人の住めない孤島になるのか、それとも、交通基本法に「海上交通は公共道路」と明記させ、将来、便利な離島にむけ活路を見いだすか選択肢は限られいるのではないでしょうか。

交通の不便さが緩和され、その結果、交流人口が改善され島の施設の活用度がまし、活性化できるのなら、新しい大崎上島に結びつけることができると考えます。

今新たに、明確な大崎上島の立場・位置づけを求められてます。

後ろ向きに考えるのなら、ピンチ、しかし経緯、過程を踏まえるとチャンスだと思います。

つづきはこちら

海の道構想」に活路 担い手育て政策持続を

検証・湯崎県政1年:/下 地域活性化 /広島
 ◇「海の道構想」に活路 担い手育て政策持続を

 瀬戸内海の離島、大崎上島の玄関口・白水港。
今月21日までの毎週金、土、日曜の朝、フェリーの待合室横に小さなカフェと朝市が開かれている。
4メートル四方の仮設テントに、野菜や果物、花などの島の新鮮な農産物が並び、コーヒーは無料。島のあちこちから人が集まり、会話が弾む。湯崎英彦知事(45)が知事選のマニフェストで掲げた「瀬戸内 海の道構想」の実証事業の一つだ。

 運営するのは、高齢者の認知症予防などに取り組むNPO法人「大崎上島ながいき委員会」。
理事長の高田艶子さん(80)は「瀬戸内海は、四季の移ろいや朝夕の美しさが感じられる世界に冠たる多島海。それを観光資源として生かそうという湯崎知事と志を共にしたい」と意気込む。

 湯崎知事の目玉政策である同構想は、瀬戸内海に点在する地域資源を相互に連携させて魅力を高め、観光などの産業活性化につなげる。
県庁内にプロジェクトチームを発足させ、専門家による構想策定委員会も設立した。県は今年度5000万円を予算化し、1000万円は公募した12の実証事業に充てた。実証事業で出た課題などを構想に反映させる。

 高田さんは12年前に京都から転居した。当時、約1万1000人だった島の人口は、現在約8600人。人口減少と高齢化が急速に進み、65歳以上の割合は43・5%で県内の市町で最高だ。

 「このままでは島が沈んでしまう。住む人が人間らしく暮らせる島にしなければ」。高田さんは、▽認知症予防などのため一人暮らしの高齢者たちが集まる場▽島の農産物が手ごろな値段で買える朝市▽観光情報の発信--などの多機能を備えたカフェを作りたいと考えていた。今夏、実証事業の公募を知って申し込んだ。

 カフェを開いているのは、桟橋の目の前という「島の一等地」だが、県からの委託料はわずか80万円で、開催は1カ月限定。
野菜を買いに来た山口豊子さん(78)は「見ていたらみんな欲しくなる。おしゃべりもできて楽しい。ずっと続けて」と期待するが、県は「限られた予算の中での事業。
にぎわいの創出や費用対効果を考えて今後の支援を決める」。
本格的なカフェの実現には施設建設などが必要。高田さんは祈るような気持ちで、カフェの設計図面を県に提出するつもりだ。

 構想策定委員長の石森秀三・北海道大観光学高等研究センター長は「表層的な数値目標や観光の新しい動きに惑わされず、地域で地道に頑張っている個人やNPOなどを評価し、人をきちんと育てていくことが、10年、20年と、知事が代わっても続く政策展開につながる」と提言する。

 多くの人が交流する「海の道」が開けるのか。打ち上げ花火で終わるのか。知事の手腕が問われる。


毎日新聞 2010年11月20日 地方版





知恵を出し合いがんばってください。

里海の大切さ学ぶ 大崎上島

見出し:

里海の大切さ学ぶ 大崎上島

内容:
瀬戸内海の歴史や文化を通じて「里海」の大切さについて学ぶシンポジウムが13日、広島県大崎上島町の大崎上島文化センターであった。

町民や研究者たち約80人が参加した。愛知大の印南敏秀教授(民俗学)は、サツマイモ畑で肥料に使われた藻などをテーマに講演し「藻は近世の人口増を支える役割を担った。海の多様性がなくなると生活文化の多様性も損なわれる」と話した。

パネル討論では町民を含む7人が、松の利用や保全について意見を交わした。広島大大学院の三浦正幸教授(文化財学)は「松がなくなり、瀬戸内海の風景がうっそうとした原始林になりつつある。子どもに風光明媚(めいび)な松林を残そう」と呼び掛けた。

里海の考え方を提唱する九州大応用力学研究所(福岡県春日市)と、地元の広島商船高専、NPO法人「かみじまの風」が企画した。14日は藻場や干潟に関する研究集会と現地視察がある。

【写真説明】瀬戸内海の資源活用など里海のあり方について考えたシンポジウム






素晴らしい講演だったそうだ。

通常の都会なら、かなりの集客があったはずだろう。
しかし、ガラガラだったそうだ。


集客しない原因は、
ホームページでのお知らせが遅すぎること

町内放送で何度も、お知らせがはいったとのことだが、住民にはあまり関心のないことなのだろうか。

私が担当であったら、ホームページにも早く載せるし、関係資料も最低限のものは載せる。

参加されている先生達も主催者・共催者もたくさんの人にみてもらいたいはずなのだが・・・・・・・・。


住民との軋轢があるのか、それとも無関心なのか、

「大崎上島には、文化行事が少ない」との意見が、湯崎知事との住民との対話の中にあがっていたけれど、冷静に考えれば決して少なくはない。

活用のしかたが下手なのではないかと思う。
また、住民がイベントの関連性が見いだせないため、「どうして見なければいけないのか」主体性をもてる段階まで到達していないのかもしれない。





を書かれている印南敏秀教授や、他の登壇者も素晴らしい人ばかりだし、「里海」のテーマは奥深いはずだ。

これだけで終わりのイベントではない。


島でおこなれるイベントはいいものが多い。
しかし、住民に賛同・理解をえるものは意外と少ない。


住民とのコミュニケーション能力が必要だろう。

更新頻度の高い商船高等学校のHPをみても残念なことに、資料はないに等しい。


本当に思うことは、島の人が自主的に主体性をもって島をアピールしないと前には進まないだろう。

住んでいる地域の人が認識している以上に大きなミゾがある。
ちゃんと改善できることは改善をし出来ることを増やしていかないと、ミゾは広がるばかりだろう。

関連性のない食事のフルコースを出されても、消化不良を起こすのは当然のことなのかもしれない。


もったいないなと思うけれど、そう思わない人も多いのだろう。




追記

瀬戸内巡回展-2010-宮本常一がみた芸予の海とその暮らし


期 間:10月28日(木)~11月28日(日)
■場 所:大崎上島文化センターロビー
      広島県豊田郡大崎上島町2067-5
■主 催:NPO法人「かみじまの風」、
      広島商船高等専門学校、
      大崎上島町、大崎上島町教育委員会
      周防大島文化交流センター
※関連展示「写真が語る大崎上島の今と昔」
  九州大学応用力学研究所
 「日本における里海概念の共有と深化Ⅱ」

◆Ⅰ.シンポジューム◆「瀬戸内海沿岸部の海里山の歴史と文化」
日 時:11月13日(土)13:30~17:00
■場 所:大崎上島文化センター「ホール神峰」
■講 師
 佐竹 昭(広島大学大学院総合科学研究科教授)
 三浦正幸(広島大学大学院文学研究科教授)
 印南敏秀(愛知大学大学院文学研究科教授)
 朝岡康二(国立歴史民俗博物館名誉教授)
 横本正樹(農業法人神峰園代表)
 増本 真(大崎上島町観光協会会長)
●問合せ:NPO法人「かみじまの風」
 Tel:0846-67-5530/Fax:0846-67-5525

◆Ⅱ.研究集会「里海の自然と文化」◆
日 時:11月14日(日)9:00~12:00
■場 所:広島商船高等専門学校視聴覚教室
      広島県豊田郡大崎上島町東野4272-1
■講 師
 新井章吾(海中景観研究所長)
 谷本照己
  (産業技術総合研究所地質情報研究部門グループ長)
 岡田和樹(ハチの干潟調査代表)
 笹 健児(広島商船高等専門学校商船学科准教授)
 奥本英壮(大崎内浦漁協組合長)
 永岩健一郎(広島商船高等専門学校流通情報工学科教授)
 柳 哲雄(九州大学応用力学研究所所長)

■申込み:広島商船高等専門学校 Tel:0846-65-3101/Fax:0846-67-3009

主 催:九州大学応用力学研究所、広島商船高等専門学校、NPO法人「かみじまの風」
後 援:大崎上島町、大崎上島町教育委員会、周防大島文化交流センター
     広島大学大学院文学研究科比較日本文化学プロジェクト研究センター



シンポジュームⅠⅡは、前々からお願いして参加してもらった。
また、「写真が語る大崎上島の今と昔」は、常一の過去撮影した写真と、現在の写真を対比していて、大変見る人に興味を抱かせるいい展示会となっている。

大崎上島でこれだけの講師陣が一同に集まることはなかったと思う。
約一ヶ月の展示会であるけれど、良い物は良いので、是非 会場まで足を運んで欲しいと思う。


室生犀星の「ふるさとは遠きにありて思ふもの」ではないけれど、今や、情報化時代、デジタル時代で、タイムレスに距離を感じることなく瞬時に情報がかけめくる時代だけれど、そういった恩恵がないのはどうしてなのだろうか。

帰れる距離なら帰って見てみたい

残念だ。

本当にひっぱることのできるいい材料がたくさんあるだろうに。
連携さえ とれていたらもっと有効活用できるだろうに。

学校教育にも有効活用するべきだ。(しているのかもしれないけど)
宮本常一をもう一度、振り向くことで、島の存在価値が違って見えてくると思う。

国立広島商船高等専門学校は、専門性が高いから、敷居が高いのだろうか、住民向けに講座を開いてくれているけれど、参加者は少ないケースがほとんどだ。

無料でいいイベントが多いのだから、もっと住民と距離が近づけるものが必要だと思う。

どちらにしても、写真展が終了するまで、後2週間しか残っていない。

無料でいい勉強をさせてくれる機会はめったにない。


近隣の人は、船に乗って、地元の学生さんは自転車をこいで、島内の人は乙姫バスにのって、この写真展を見に来て欲しい。


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