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紀州南部ロイヤルホテル


この前の日曜日、大型バス10台、370人をつれて、和歌山県日高郡みなべ町にあるダイワハウスが経営する、紀州南部ロイヤルホテルにいってきた。



和歌山は久しぶりだ。

さすがに、紀州半島の先端に近づけば、視界を妨げるものがなく太平洋が一望できる。

本当は梅の産地なので、梅林が有名なのだが、寒波の影響でまだ開花はさきとのことだ。



足湯も入れるはずだったが、これも寒波の影響でお預け。

高速道路では玉突き衝突があり、2時間も遅れて大阪についた。



休みもなく働き続けたお陰で、風邪が治らず、とうとう腰まで響いてきた。

そこで、本日は代休をとり安静にしている。

なにごとも用心だ。

無理ができない年齢になってきたのか、
やれやれだ。
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自分の想像する東京家族


東京家族は、山田監督と平松恵美子さんが新たに書き直した脚本ということだ。

2人の間でどんな映画の構想を練っているのか?

ニュースによるとぎりぎりまで、練りに練って、熟成させた状態で撮影に移るそうだ。

木江と東京というセッテングだが、なぜこの場所で撮影しなければいけなかったのか?




監督の映画に、裕福な主人公は登場しない。

中産階級というよりは、労働者階級に焦点を合している。

また故郷を捨てて、新天地をもとめ移住するケースが多い。

それは、慣れ親しんだ場所を離れるということ

一度、もった財産 知人、友人を捨ててリセットすることは、人にとって実にヘビーなことだ。

しかし、「生きるため」の取捨選択は避けてとおれない



かってこの町の造船所が盛んだった頃は、転入者もたくさんいたが、度重なる不況により、どんどん縮小していった。

そして、二度と人口は元の状態に戻ることはなかった。

人生に別れはつきものだけれど、小さな町だから、近視眼的になり しんどさはなおさらだ。

こうなってくると、捨てるというより収奪行為に近いなと思う。



土地、建物、財産を所有することは確かに豊かにする手段だ。

しかし、それが、更に進んで剥奪するなり、そういった非日常的行為が起きるとどうなどうだろう。

人間世界でよくある憎しみ、妬み、僻み、など生み出す原因となり あまりいいものは引き出すことはできない。



木江は箱庭のような場所だ。

絵を撮影するのは、非常に手早く作業ができるのではないか。

撮影現場の木江は、いわば、時代の波に残され放棄されたような場所だ。

しかも島であることで、都会のように、投機に基づいたスクラップ・アンド・ビルドの被害がすくない。

木造の家は主をなくし、管理する人がいなくなると、自らの運命を察してから、勝手に倒壊していく。

狭い道路は、人が歩くための道路だ。

この町が好きな人だけが、住めばいいのだ。

人も町も生き物なのだ。



日本人のメンタリティーは、高度成長期以降、精神主義から物質至上主義に変わってしまった

新しいものが、正しいという風潮に染まってしまった

老いも若きも高いものはありがたい、安いものは下品で精神まで貧しいような風潮になってしまった

便利が当たり前、不便は敵

貧乏を楽しめる生活の工夫もなくしてしまった

人と人が会話をするのも難しくなった

自殺者3万人が年中行事になってしまった

自分を疑い正そうとする勇気もなくなってしまった


震災後の日本

東京と木江の対比

どういったテーマを問題提起していくのか?

個人的にここの場所は是非 撮影から外してほしくないポイントが数カ所ありますが、是非楽しみにしています。




ちなみに、下の写真は数年前の正月のものです。
退院後、最後になるかと思い撮影したものです。







無手勝流


時間

一年は、365日

一日は、24時間

都会は、時間に支配された交通体系、機械仕掛けの理詰めの空間

田舎に帰ると、なぜか一日が長く感じる

見えない支配がここには及ばないのだろう。

故郷に十数年ぶりに 帰省し滞在した人のブログの記事を読んで全く同感

ここでマクドナルドのハンバーグを食べる必要はない

無手勝流が正しい流儀だ。

都会でついたアカは田舎で落とせばいい


いのししの話

いのししが島の農業にどれだけ悪害か、都会の学識豊かな諸兄者に理解してもらおうと話をしても理解してもらえない。

空想の域を超えることはできない

人間は知識を獲得する手段として

学習と経験があるけれど、密接にこの二つを結びつける作業まで至らないケースが殆どだからだ。

そうなってくると、感受性が前提となってくる。

しかし、若い内にトレーニングを積んでいないと対応に苦慮する。


グローバル化

白人のつくった嘘っぱちの金融工学のもと、ツケが回ってくるのは、まさにグローバル化

瞬時に動く株価は世界がオンラインで結んだお陰だけれど、

恩恵はだれにあるのだろうか?

マルクスはそんなことまで予言を的中していた。

富は富を生むために新たな生け贄を必要とする

日本で換言すれば、

年金の受給の正当性を確保するためには、若い世代に更なる貧窮を要求する。

就職できな世代は、このままだと当分続くだろう。

人身売買といっていい人材派遣業など根拠となる法律を廃止し、新たな労使環境を作らないといけない

そこで、果たして日本人の心的情緒がこれに耐えうるべき忍耐が備わっているか問題になってくる。

環境が原因なのに、自己に責任があるかのような振る舞いは、ただされなければいけない。

つまり、労働者派遣法を制定するにあたり、どういった環境下・目的でこういったことが施行されたかということを根源から理解しておかなければいけない。

法が施行されることは、2次弊害・副作用・犠牲がつきものだ。


就職できない学生をもつ父兄さんは、派遣労働者が4割に近づいているこの労働環境をどう理解しているのだろうか。


世の中が閉塞感であふれ、息苦しさを実感することが多い昨今だ。

金融工学にしても、「人を幸福にする」要素があればどれだけの人が助かっただろうか?

売れない物は廃棄する 文明社会が、余剰生産物を、広く第三社会に行き渡すことができれば、文明はどれだけの恩恵を人類に与えることができるだろうか。

実体のない仮想空間(投機)で経済を動かしてきたツケは今後どういった形で波及するのだろうか?

いつまでたっても石油中心のエネルギー戦略は、第二次世界大戦から変わっていない欧米諸国の戦略の基本だ。

民主化の名の下に、イスラム社会を侵略するのは、止めるべきだ。


今後、世界は2転3転するだろうけれど、正しい感性で、人間の幸福を考えて欲しいと思います。


とまあ、たまには本音を書くのも精神衛生の維持には必要だ。


帰省そして また仕事

2泊3日で大崎上島に帰省してきました。
昨年は、息子の受験があり一人のみの帰省でしたが、今年は家族4人で帰省できました。

滞在期間中に、東野櫂伝馬競争の観戦、そして昼からさざなみに乗り生野島に渡り息子と約束していた場所を回り、海水浴場で水泳。

ここでも、地元の方の配慮で大変貴重な経験ができた。

凝縮した時間の中で、しっかりしたメッセージを息子に残せただろう。


夜は花火大会


そして昨日も、大串海岸にて花火大会
動画も写真もたくさん撮れました。

しかし、最新のスマートフォンのカメラ・ビデオ機能はびっくりするぐらい良くなっている
ビデオも、これを使えば息子と私2台で撮影できるので、万一とちっても安心だ。

今まで気がつかなかったけれど、白水の雁木が、櫂伝馬の着岸場所になっていたとは、知らなかった。
先人の知恵がこうした貴重な文化行事の永続のために立派なコミュニティセンターとしての機能をはたしている。

海からみて初めて気がつくことが多かった。



また、短い時間ではあるが森ルイさんの経営するアンテナに立ち寄ることができた。


森ルイさんとは対面は初めてだが、旅する櫂伝馬の啓志さんと同じアスリートのにおいがした。
アスリートとは、「決してへこたれない」、「行動的である」、「前向きである」、ポジティブシンキングの実践者だということだ。

ここでしかない価値・味わい存在を知っている 確信をもっている。

だから、ぶれることがない。

大崎上島は、行動的な彼らと、どちらかといえば保守的で引っ込み思案の地元思考の住民がドッキングすればユニークな場所になるだろう。

都会では味わうことのできない貴重なものが、実はたくさんある。
都会ではなかなか出会えない貴重な体験ができる場所だ。

もっと心をオープンにすれば、島の活用度もあがるだろう。

この島でネット環境が整っているだけでも、ちゃんと活用方法を探っていけば、できることが多いと思う。

可能性を秘めた島になることを期待している。




















更新の滞りについてお願い


今朝、起床してこれからのことを書こうと決意しました。

今まで大崎上島備忘録を通して田舎のことを色々と書いてきました。

しかし、年度がかわりゴタゴタもあり、まともな更新はほとんどしていません。

私は、現在 無期雇用(つまり終身雇用)で仕事に就いています。
しかし、仲間の中には、有期雇用の方も多くいます。

この日本の労働者の有期と無期の割合、正規雇用と非正規雇用の割合が、6.5対3.5となっており、年を追うごとに非正規の割合が、増えています。

低賃金、雇い止め、自殺問題、社会不安は、全てリンクしています。

収益オンリーが正し世の中、1986年から施行された労働者派遣法を改正し、欠陥法と言われいるこの法律を変えていくしか方法がありません。

特に若年労働者と、定年間際の退職予備軍の世代が、可哀相です。

私事ですが、この「労働者の人権と労働者派遣法」に関して、社会問題として情報発信していきたいという決意を持つに至りました。

時間の関係で、更新が滞ることになると思いますが、ご理解戴ければと思います。

東日本大震災で亡くなった人々を、みんなで供養しよう


Twitterで内山節さんからの呼びかけがありました。
時間的に余裕がありませんが、是非 拡散したいと思います。

私も東北方面にむかって冥福を祈ります。


東日本大震災で亡くなった人々を、みんなで供養しよう
―亡くなられた方々の冥福を祈る日をみんなでつくりだすことを呼びかけますー
最初の呼びかけ人・内山 節

日時 2011年(平成23年)4月24日日曜日
この日にそれぞれの場所、それぞれの方法で亡くなられた方々への冥福を祈りましょう。
また12時正午にはみんなで祈りを捧げたいと思います。
方法 ご自身の信仰をおもちの方はその方法で、また他の方々はそれぞれが思いついた方法で。

被災地の方角を向いて手を合わせる、仏壇などをおもちの方はお線香を上げる、近くのお寺、神社、教会などに集まり祈りを捧げる、ご自宅に思い思いのデザインの半旗を掲げる、追悼の集まり、コンサートなどを開く、・・・・方法は自分がよいと思う方法で、自分のできる方法で。国葬のような儀式にするのではなく、全国津々浦々でみんなが送る日にしたいと思います。


東日本大震災は私たちのなかに驚き、恐怖、悲しみとともに、自分自身もまた「支え合う社会の一員でいたい」という強い意志をも生みだしました。
皆様もそれぞれの場所、それぞれの方法で、直接、間接的な被災者への支援の活動をおこなわれていることと思います。
私たちの役割はこれからも持続的な支援活動を続けながら、被災地の復旧、復興に協力していくともに、この直接、間接的な活動をとおして社会とは何か、社会はどうあるべきか、暮らしや労働をどう変えていったらよいのかなどを捉え直し、日本の社会を再生させていくことだろうと思います。

その意志を示し、未来への歩みをすすめるために、みんなで東日本大震災で亡くなった方々を供養する日を設定することを呼びかけます。

古来から日本の社会には、災害や「戦」などの後に亡くなられたすべての方々の冥福を祈り、死者供養をする伝統がありました。「戦」の後には敵味方を区別せず供養しました。またそのときには人間だけではなく、巻き込まれて命を落としたすべての生き物たちの冥福を祈りました。さらに災害の後には、大地が鎮まることをもみんなで祈りました。そうすることによって、悲劇に巻き込まれていった生命への思いを共有し、ひとつの区切りをつけ、次の歩みに向かう入り口をつくりだしてきました。

この度の大災害で亡くなられた方々に対してはすでにご遺族の方々などの手によって、精一杯の供養がおこなわれたことだろうと思います。
しかしその一方でご家族が全員亡くなられるなどして、誰にも送ってもらうことができないでいる人たちもおられると思います。
そのような方々に対してはもちろんのこと、すでにご遺族の方々なとによって供養された人たちに対しても、みんなで追悼、供養してあげようではありませんか。
そうすることによって、これからの私たちの決意をも示したいと思います。
この案内を受けられた方は、ご友人、お知り合いなどに転送し、この呼びかけを伝えてはいただけないでしょうか。またホームページ、さまざまなSNSなどでも呼びかけ合うとともに、供養の方法を提案していただければ幸いです。
お寺、神社、教会などにも呼びかけ、私たちはこの災害とともにこれから生きていくことを確認したいと思っています。
亡くなられた方々を十分に追悼することなく、未来を語ることに私はためらいを感じます。ここからはじめませんか。



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