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やっぱり古里はいいよね~

浜省を聞くと自然と田舎を思い出す。

そりゃそうねんだけど

最初に、歌詞を聴いてこの人いったいどこの人と思ったけれど
やはり共有できるテーマはいいよね。

井伏鱒二の小説だって、登場人物がわかるんだから、田舎ってまさにリアリティある場所だ。


大阪はマイホームタウンじゃない
そもそも、田舎者だから都会にはなじまない
東京も大阪も住んでいたけれど好きにはなれなかった

70歳、40歳、 世代の違う おじさんと、お姉さん、そして田舎者のわしが、世間話で田舎自慢

あほらしい、経験の乏しい2極論でしか、対比できない人にはわからんだろうな。

贅沢な時間だね。
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マクドナルドからの投稿

都会でよくあるマクドナルドからの投稿です。
マックでは無線LANが使える環境にあるので、ネットカフェとして使えるので、さしておいしいと思えないハンバーグを食べたながら更新しています。


都会で味わえる無機質な時間ですが、やはり定額の定食を食っている感覚

とても贅沢とは思えない
むしろチープ差を軽快に楽しく感覚 
というよりは、ちょっと軽薄で苦しい感覚です。

マックのステーブジョブズは、
「点と点を結べ」
「自然と道が開いてくる」
など近いことを大学の卒業講演ではなしていたけれど、
俗に言う「都会と田舎」の対比をすると、田舎の体験のほうが今は貴重なものとして自分の中で消化されてきました。

特異な環境がむしろ人生の貴重な体験として、有り難いものとして受け入れられる年齢になってきました。

歳をとったのかな~とも思えますが、味気ないハンバーガーよりは、madeinhandの暖かさは人間的でいいなと思います。


島では、櫂伝馬もその一つ

長い人生で振り返ってみて、貴重な経験が田舎=故郷で体験できたことは、大切な財産として光り輝くことになると確信しています。


意志をもった人間と人間の対話


どんな時代でも、乗り切れるだけの、含蓄が生きる力として後押しくれると思います。

贅沢なことです。




島時間

最近は、テレビ、マスコミに取り上げられることが多い大崎上島

しかし、現実には人口は減る一方
増えることはなくても、自然死を含め どんどん、分母が減っているので、何かにつけ統計上のパーセンテージは高くなる


島に移住する人は、
昔は、造船、仕事のため
しかし、今は自己実現をかねて移住する人がほとんどだろう

昔は、現実派、
今は非現実派

生産効率を上げる、利潤をあげる生き方は昔
生き方に焦点をあて、自己との対話は、今だろうか

しかし、銭の力は圧倒的だから、収支で考えれば、昔のほうが健全だろう。

離島、桃源郷、社会の体制から外れている

いいたい奴らにはいわせておけばいい

できれば、銭も欲しいが、幸せも欲しい

資本主義社会は、個人をパーツになるように、ベルトコンベアー式に、機械のごとく労働者を規格しはめ込んでいく

本来の人間ってそんなものじゃない

しかし、生まれたときからそういう環境にどっぷりつかっていると、いいパーツになることが、すばらしい人生がすごせると錯覚をしだす。

現代の学校教育も産業化がはなはだしく、お金のある家庭は受験勉強、塾へといかせる
逆に、25%の割合の母子家庭や、家庭不和の子供たちは、家に帰れば、食卓は一人、レトルト食品のオンパレード

そして孤独を紛らわすための最善の道具 テレビをつければ、産業汚染された芸能人に、真実を伝えることのないテレビ番組
まったく、自己の欲求に合致するものなどあるはずもない

そうなれば、読み書きもできないストリートチルドレンへとまっさかさまとなる。

そんな不平等を社会は底辺を支える市場として待ち構えている

自己責任は大好きなことばだけれど、日本社会の現状 年金破壊、なんちゃって終身雇用の崩壊、人身売買に近い法律をよみがえらせて政治家さんたちはどう思っているのだろう。

つまり、知らないこと、無知も自己責任ってことなんだろう。

若くして生活保護家庭に育った子供の環境を考えると前向きに社会と向き合う活気ある人間環境ではない

しかし、そんな悩んでいる若くしてストリートチルドレンになってしまった子供達も、それは君らの本当の姿ではないこを気がつくべきだ



能書きは書きすぎたが、
本題の「島時間ってなんだろう?」を考えてみたい

人間に平等なのは、一日は24時間
人間は生まれたときから、タイマーがかかり、死へと向かって走り出す


しかし、このタイマーを苦しんだり、また楽しんだり、はたまた自分で切ったりすることができる

できることなら、このタイマーを長くそして有効に使いたい
平等であることに感謝し、恐怖に駆られる前に、心を癒したい
本来の自己との対話をしてみたい

ノルマ ノルマで貨幣供給量の少ない現代日本社会でビジネスマンとして生き残るのは並大抵のことではない

都会生活でつかれきったビジネスマンは、是非島にきて、時間の流れに身を置き、都会のアカを落とせるまでゆっくりすごしたほうがいい
最初のうちは、何もないので、焦りもあるだろうが、それを受け入れ、身を自然の時間の中で置けば、なんと一日が長いことか実感できるだろう。

分刻みで動く電車や時計、夜はネオンの明かりもないけれど、窓から聞こえる虫の声、海から聞こえる波の音
いや~、贅沢なことじゃないですか。

自分のいうのもなんだけど、なんと一日の長いことか!
神聖なときをすごせます

しかし、こういってはなんだか、けなすことになるのだけれど、俗世間にどっぷりの発言を口からでてしまう俗人も世間並みに多いのは確かだけど

人間って気がつけば、いつの間にか棺おけの中なんだから、しっかり自分の時間に気がついたほうがいい。
豊な人生のスタートにつながる機会は神のプレゼントとして自然のなかで提供されているのだから。

忙しかった一週間

所属しているNPO団体のホームページのサイト運営をまかされました。
構成員270名ぐらいの所帯の公益性の高い組織ですので、これから、シンクタンクとしていかに付加価値の高いサイトにするか腕の見せ所です。

サイトの化粧変えとして3年ぶりのリニューアルとなります。

構成する作業は時間の制限があり、やはり焦りました。
当然仕事の合間をみての作業となります。

テレビなど、紹介されることも多いので広報としてちゃんと機能してくれたらと思います。

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難点といえば、上の子供が受験なので、メインPCが使えないこと

ブログの更新は大変です。

徒然なるままに ひとりごと

硬い話よりやわらかい、日常の話題もいいのではないかと思います。
話は、かなり飛んでいきますが、散文体人間なので、ご了承ください。

題して資本主義社会は、人を幸福にする社会か?

常識だけど・・・・
資本は、我々が生まれるはるか前から、世界を飛び越え、結びつきコストダウンのため安い労働力を得るため世界中の貧困を土中からあさり続けている。

第三世界は、地球のどこかに常に存在させなければいけない。

弱者・・・
30年前のバングラデシュは、貧困にあえいでいた。
ジョージハリスンのバングラデシュコンサートは1971年だった。

私は、今、広島で瀬戸内少年だった頃から、ワープして、いつの間にか、大阪に住んでいてなぜか2人の子供の父親となっている。

しかし、それでも、いつまでたっても、子供が物貰いとなり路上で旅人の足をつかみ食べ物かお金を要求する、いつもの生臭い悪臭の漂うバングラデッシュの風景はいまだ、かわらない。

街中でも人道主義を掲げ、貧困の象徴にいつものごとく定番の黒人の少女のポスターが写真で使われている。

黒だから肖像権も関係ないのだろう。さすが、資本万能主義!銭の力は偉大だ!
白人、あんたはえらい!

こうして考えると人道主義も資本主義がベースのいわば、自分への慰め(Masturbation)なのかもしれない。

いいことしているから、救われる!?

それだったら、最初から宗教が人を、人類を救っていたはずだろう。
拝んでも、空腹のお腹が、腹一杯に満たされることはない。
貧困と宗教が結びつくことは簡単なことだけれど、許せないのはやはり人間
そう宗教も人類の最大の発明かもしれない。

あぁ、これじゃマルクスの唯物論が宗教の絶対定義をしてしまったことに、なぜか納得!

貧乏を貧乏のまま
金持ちは金持ちのままであればいい
宗教は宗教のままであればいい
そう、マルクスは、マルクスのままでいればいい

世界機軸通貨であるドルをもとに圧倒的輸出力で、資本主義=豊かさの象徴として植えつける。
格差を生むことにより、支配的圧力を高める。

当然のことだが、経営ではよりよい効率、利潤追求が第一目的とされ、逆にいかにシェアするか、富の分散と人間の平等の機会をあたえる方法を教えようとはしない。人間の感性とは、鈍感であり、当事者にならないと理解しようとする第一歩を踏み出せない。

最近は教育現場の荒廃が顕著になっているが、現象面でとらえれば、資本主義経済が熟成すれば、すなわち、弱肉強食、餓鬼状態になればなるほど、末端の労働者 、いわば聖域といわれている教育現場でも当然、侵食し、古い概念を破壊していく。

教育って、博愛主義じゃなかったの? いやいや、そんなの古い、新自由主義のもと、弱者は強者に喰われる社会の鏡なんだよ・・・・。
そもそも、ピラミッドを作らないと、上がおいしい飯がくえないじゃん。


儲けのためならそれまで非合法であったルールも合法にするモラルなき社会が資本主義社会の真実の姿であり、考えてみれば、戦後から現在に至る大家族の破壊、核家族の促進、そして、今まさに、個人主義、 断絶した世代へと移行している。

より経営効率のよい方法が必要である
トラップは社会の中に、我々の日常に巧妙に仕掛けられる
都合のいい個人主義・責任の徹底

死ぬのは、あんたの勝手だよ、

また一人、自己責任の代償でこの世から命がなくなっている

資本の呪縛にとらわれないための幸せになる方法をなんとなく次回は書いてみたい。
たぶん、おそらく

懐かしいあの曲



資本主義は、欲望が前提での消費社会
利潤追求と隔絶された個人社会

エンドレスで継続する利潤追求システム構築のための再生と破壊
富は集約され
豊なになるのではく、ますます貧しくなっている現実

トラップは巧妙に仕掛けられる

人の人生を投機と錯覚する人のなんと多いことか

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