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芸予諸島巡り自転車で100周

芸予諸島巡り自転車で100周 '10/12/25


呉市安浦町内海北の佐藤和幸さん(69)が24日、3月から挑戦していた自転車での「芸予諸島海道島巡り」の100周目を達成した。フェリー航路存続と自身の健康への思いを込めた「お百度参り」を「こつこつやって良かった」と振り返った。


安浦町から安芸灘大橋、とびしま海道を通り、豊町からフェリーも乗り継いで大崎上島町、東広島市安芸津町へと渡って安浦町に戻るコース。総走行距離は約70キロで、1周に約6時間かける。



 100周目のこの日は豊町御手洗で、明治時代に自転車で世界一周した、同町出身の冒険家中村春吉の記念碑に立ち寄った。自転車乗りの大先輩に100周達成の報告をし、自転車競技の普及や島の発展を祈った。ゴールの安浦市民センターでは、横断幕を掲げるなどした友人たち約15人の出迎えを受けた。

島巡り100周は3月、存廃問題が浮上したフェリー存続の一助にとの思いで開始。とびしま海道で5日あった「オレンジライド」では先頭グループの一人としてゴールした。

【写真説明】中村春吉の記念碑に100周達成の報告をする佐藤さん Tn20101225000902.jpg


先日書かせてもらった案の一つです。動けば色々な発見があるのだなと思います。冒険家中村春吉さんの話は初めてしりました。
地域の関連性を見直し、もう少し一体感のある行動・事業があれば、地域と人が更に結びつくきっかけになると思います。

人間ってやはり前にでることにより可能性が生まれるんだなと感じます。なかなか、書くだけでは駄目なんだなと思います。
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小西和の『瀬戸内海論』

今日は、東大阪市にある大阪府中央図書館に小西和の『瀬戸内海論』を探しにいきました。



立派な図書館ですが、場所がちょっと不便です。

しかし、小西和さんの『瀬戸内海論』はここでしか蔵書がありません。
明治44年12月に発行された貴重な本です。



ですから、貸出禁止、閲覧のみOKです。
時間があれば、しっかり読みたかったのですが、人を待たせているので、ゆっくりもできません。

ページ数も千ページ近くあります。


目次

第一 瀬戸内海とは如何
第二 瀬戸内海の構造
第三 地貌と地質と土性
第四 沿岸の山河と湖沼
第五 瀬戸内海の海岸線
第六 瀬戸内海の港湾
第七 花彩島中の花彩島
第八 内海の広狭と深浅
第九 瀬戸内海の潮水
第十 内海方面の気象
第十一 海陸の生物と産業
第十二 内海の水運と水師
第十三 瀬戸内海と人生
第十四 内海関係の二三の学術
第十五 瀬戸内海の前途は如何
附録




この本は、以前、アリストテレスさんのHPでご紹介されていたことがあります。

本をさっとだけですが、触った感想ですが、
外国の海との文化対比、歴史背景、景観(高度図)、海の生態系、深度など、膨大な資料を網羅しています。

また、巻末に島別のインデックスを備えるなど、辞書としても活用できます、「瀬戸内海の集大成」といっていいほどの、圧巻の本でした。

とても明治時代に書かれた本とは思えない多方面から瀬戸内海を捉え精神性も具備したバイブルと言える希有な本です。

じっくり時間をかけて読めることができれば、と思います。

大崎上島のことも書かれていますので、後ほど紹介したいと思います。
(この本の趣向からいえば、特定の島を取りあげるのことは、作者の小西さんには失礼なことかもしれませんが、お許しください。)


この本の中で、珍しい写真がありましたので、数点ですが、ピックアップします。
ネットで調べても、おそらく出会うことのない、貴重な写真です。























大崎上島は、芸予海峡に横はれる島嶼、
その大きさは僅に二方里三五にすぎず、人口2万もでないけれど、島内には まことに六個の船渠と80あまりの造船所を数え、二千の職工が盛んに活動している結果、朔望(さくぼう)高潮に乗じて、進水式をあげる新造船は数百トンの汽船から数十トンの合の小船に至るまで、毎に五六隻をくだらない、のみならず伝馬船や、小廻船の新造にいたっては、ほとんど僂数(るし)に堪えぬぐらいなのである。

従って、船釘の鍛冶職だけでも、百余戸。
島の南西岸の小村なる明石のごときは、各戸皆槇皮の製造のみ従事しているという状態だが、民情や風俗は比較的質朴で公共に絢する念が厚いのは、ほとんど他に比類ないぐらい。

島内の村々がそろいもそろって、あるいは模範村、あるいは模範学校として表彰されているのも、また決して怪むに足らぬ。

明治三十一年 始めて海務署が設置されるにあたり、多度津や三津濱の人々は、之を迎えることが、はなはだ冷淡なようだったけれど、芸予海峡の一角では、位置の競争を惹起したのである。

このおりに、大崎上島の東岸に位せる木ノ江港の人々は、熱心と真面目を発揮して、優勢な競争者たる尾道、ならびに糸崎と戦った。

いささか、蝸牛角上(かぎゅうかくじょう)の争いたるを免れねど、海事思想が最もよく発達している結果にほかならぬという見地からすれば、誠にもって喜ぶべき現象と褒めてよかろう。

木ノ江港は、まさに瀬戸内海の造船島たる、大崎上島の造船事業の、牛耳を執っているので、そこには五個の船渠が並列せ有様。

この港はまた好個の避難港なので、船舶に縁の多い舞妓、二百余りを容れて、遺憾なく船着場の趣味を発揮しているなどは、むしろ驚くべきである。

兎に角、多季、西風が吹き荒らんで、海上に白馬が踊る折には、狭斜の港が船頭衆をもって満たるゝ勢い、この港に『西の風が、吹けば黄金が降る』との諺が行われているのは、その全盛を告白する次第。

さりとて斯る風習は、速やかに消失させたいものである。



※小西 和 ; 阿津 秋良 口訳瀬戸内海論:上巻 , 下巻 -- 海南文庫顕彰会, 1997.11-1998.3

こちらは現代語にしていますので、おそらく読みやすいと思います。
在庫は少ないですが、是非、手に入れたいと思います。

つづきはこちら

第三 芳栄丸の正体

大崎上島の造船の歴史を詳しく紹介してくれているサイトに、松浦造船 日記がある。

以前、木江ふれあい郷土資料館で、デジカメで撮影した画像(ぶれた状態の画像沢山あり)に和船の建造風景があったので紹介したことがある。

その中に、第三 芳栄丸が写っていたのだが、この船、松浦造船所が作った船であることがわかった。

言われてみれば、写真の中の人物(といっても面識はありません。)『宮司さんがこられ、建造の安全を祈願』の中に写っているのだろうか?よく似ている。

どちらにしても、木江ふれあい郷土資料館 の資料は見る人が見れば分かるけれど、貴重なものが実に多い。

木造船建造の技術がどんなものだったのか、今更探そうと思っても大変なことだけれど、当時の画像をみると「船の建造に賭ける意気込み」がどんなものだったのかわかってくる。


大きな地図で見る


また、先日 デジタル造船資料館の委員の方から「木江工業高校の資料を提供してもらいホームページに載せています。」とのメールを戴いた。

(資料が掲載していることは、事前に知っていましたが、自分自身の頭の整理ができていないので、ホームページのリンク紹介にとどめていました。)


もともと、瀬戸内海は、「瀬戸」の「内海」と言う意味からで、畿内と九州を結ぶ航路として重要視されてきた。

豊かな海が育んだ文化だと思う。

これだけ往来の盛んな場所が、今時の「離島」なんて言葉で表現できること自体おかしいし、そんな軽い場所ではない。(偏屈だね、私は、)


潮待ちの関係で大崎上島ので木江沖、大崎沖は、九州から畿内に向かう船の重要航路として位置づけられていた。

歴史の要衝だから瀬戸内海を全体として見ると、歴史的文化財が多い。
対馬に向かう船上の防人達の気持ちがどんなものだったのか、想像できないほどつらかっただろう。


時系列を無視して好き勝手に船や海の事を書いているけれど、日曜日は、大阪市立海洋博物館 なにわの海の時空館が無料開放してくれるようなので、見学に行きたいと思います。

年間で、5回ほどいっていると思います。

菱垣廻船「浪華丸」がどれだけ巨大で、当時の和船が如何に凄かったか、実際の映像をショートフィルムで公開しているので、みてもらえればと思います。
材木の安定した供給を図ろうとすると、山の維持・管理は各諸藩は、しっかりしていたに違いない。







新発見・「ゆったり宝島」の大崎上島


機帆船のできるまでの流れ

海賊 村上一族 盛衰記


村上水軍と櫂伝馬の関係のことが、NHKで先日の番組でとりあげられていました。

インターネットで資料をしらべる時に、日本財団図書館(電子図書館)をよく使わせて頂いています。(ブログでリンク紹介をしています。)

海事関連、船の歴史など、自分で調べようとすると途方もない時間がかかると思いますが、このサイトを利用すれば、珍し資料や史実が沢山でてきます。

残念なことは、昨年まで動画で資料をたくさんあげていただていいましたが、それらが公開終了となったことです。

そのひとつに、「海賊 村上一族 盛衰記」があります。



大変貴重な番組であったので、資料としてローカルに保存していました。

今までも、何度か、村上水軍の歴史を知りたいという方には、個人的にサーバーにデータをアップロードして視聴して頂いていました。

元データーは、リアルプレイヤーの独自規格rmmですので、対応していないメディアプレイヤーでは閲覧ができませんでした。
今回、この扱いづらいrmmをmpgに偶然変換ができましたで、再びサーバーにアップロードしました。

40分近い番組ですが、村上水軍の歴史をわかりやすく解説してくれている動画は、これ以上のものはないと思います。

是非、ご覧になって頂き再確認して頂きたいと思います。


海賊 村上一族 盛衰記   サイズ65MB


宮本常一写真展

ホームページのご紹介

大崎上島町商工会



大崎上島町商工会青年部 青風結島




大崎上島の三町が合併してできたサイトです。

色々な願いがあって載せることにしました。


一つは、

メイン通りも裏通りも、大崎上島の交流人口を増やして欲しいということ

二つ目は、

メイン通りにあたる大崎上島町商工会の若手が、

しっかりと舵をとらないと、裏通りも、人がこなくなる。


(たとえが悪いか?)


この島の悪いことは、「見えない障壁」が常にあります。


無関心という病気です。


「島のホームページを見ても、相互が、ちゃんとリンク紹介をすることはない。」


「未だ、大崎上島町として一体性のあるイベントの周知方法が確立していない。」


催しや、地域の行事をチェックするのに、どのページを探せばいいのかわかりません。

小さな町に、縦割り意識なんて、時代遅れだなとおもいませんか?


私にとって願いは、

「島の活性化」、

「島の交流人口を増やす」、

できれば、旅する櫂伝馬がみせてくれたように、

多くの人に恩恵が行き届くようにできればと思います。

大切な情報を分断することは実にもったいないことなんです。


大崎上島の集客は有志が主役






宮本常一写真展の開催について


商工観光課およびNPO法人「かみじまの風」より



10月28日(木曜日)から11月28日(日曜日)まで、大崎上島文化センター ホール「神峰」ロビーにおいて、宮本常一先生の写真展を開催しております。
町民の皆さま、多数ご鑑賞ください。









大変、興味のあるイベントです。

近くに住んでいないのが、残念です。

海の道の一つのテーマです。

宮本常一は、実は大崎上島に関係の深い人です。

島外からも、こられる方が多いと思います。

以前 書いた内容ですが、チェックしてもらえればと思います。



宮本常一 

『私の日本地図6 瀬戸内海Ⅱ 芸予の海』

つづきはこちら

和船

先日スカイプで、歴史の話がでてきました。
西廻り航路に使用した北前船とほぼ同じものが、大阪にあります。

自分のパソコンにいれていても、もったいないので、軽くしてアップロードしておきます。









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