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帰省所感

いろいろな立場の人物を小説に登場させて意見を述べてもらう
食い違い、行き違い、誤解、錯覚、はたまた別れ

人間は何を見つけるのでしょうか?


20数年ぶりに、島で出会った人たち

彼らに共通しているのは、主体的に生きること
リスクを背負って生き、その中で自分の発言に責任をかけてしゃべっている人

魅力的でした。

懐かしい写真を熱心に説明してくれたおじいさん
熱い海の男を育てることに生きがいを感じる60代の教官
まがったことが大嫌い、正義感に燃えるおばば
都会にない何かを見つけにきたおねえさん
町に明日をかける20代の若者たち

大震災を境に主体的な生き方をする人が増えたといわれていますが、僕にとっては、やはり彼らの行動はリスペクトすべきものですし、宝ものです。

ぐっと人間として上島がちかく感じた2日間でした。

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お祭り 帰省完了

念願のお祭り、櫂伝馬、花火、そして、旅する櫂伝馬でお世話になった人たちのお礼参り

完了しました。

動画、写真もなんとかとれました。

人との対話が主な目的 7人の方と接触できました。

大望月邸、千代田スタジオ、大串海水浴場、商船関連、

2日間でしたが、時間の余裕が欲しいです。

明日から仕事ですので、今日は休養して明日の仕事に臨みます。



2013年の夢

2TBのネットワークサーバには、2万枚ほどの写真を保存しています。
その中には、大崎上島の写真もたくさんあります。
2002年から現在に至るまで、個人、郷土の先輩が撮られたものも入れています。

これだけの量になると、最新のパソコンの性能でも、長い間 愛用してきたソニー製のビューアソフトを使っても解析するのにすごく時間がかかります。

タグなど整理していないので、探すのに非常に苦労します。
もっと、快適に使えるように増設なり、整理するなどしなければいけないと思います。

櫂伝馬もそうですが、過去に撮ってきた写真を見ると、いろいろなメッセージが心に訴えてきます。

過去、現在、そして これから来る未来に向けどうしていけばいいのか、暗示が隠されています。

学校の先輩である、豊浜町ホームページのきたきさんに影響を受けて光ファイバーが引かれる前の、2000年前後に、「大崎上島に関するページにようこそ」を開いてすでに12年が経過しました。

ホームページの趣旨・目的も個人ではなく地域の活性化、過疎化が進行していた島を情報のネットワークで再構築したいという意思が当初から働いていました。

森総理の時代は、インターネット博覧会インパクが開催され、ITが魔法の道具のように扱われ、猫も杓子もIT・ITの時代になりました。

しかし、あれだけあった夢物語の数々は、結局地域の恩恵を与えるまでには至らず、地域再編という平成の大合併から現在に至りほぼ消滅してしまいました。

瀬戸田町のホームページができたてのころ担当の方とメールでやり取りしたことは、過去、私の書いた記事を読んだことのある人ならご存知でしょうが、すぐに合併してしまい、町がなくなりました。

当時IT村などとメディアにもてはやされ場所の現在の姿を知っている人はほとんどいないのではないでしょうか。

こんなことを書くものだから、敵が多いのでしょう。

しかし、ちゃんとデーターをとって時系列で項目別で並べていくと、途中で懸案事項が消えて有耶無耶になってしまっていることに気がつきます。
新たな投資対象を見つけ、無駄な税金を再投資していく方法は、住民・国民の忘れたころに行われることが常です。

もっともな、屁理屈をつけて、効果測定のはかることのない空絵を描くわけです。

パソコン的な使い方をしていると、過ちを認識する道具として使うと非常に便利です。

しかし色々なことを書いてきても、人口は減り続けている、若者が定着できる働く場所を見つけるは難しい、病院、交通の便は悪化するばかり

抜本的解決には、つながりません。 ホームページのアンケートでもほとんど、この2つの問題に返事をくれる人がほとんどです。

島の現状は都会の20年先をいっている、カッコいい言い方をすれば幸せのベクトルはたくさんある、島にしかないものも多い、・・・・・・しかし、曖昧ですよね。

こうったことを書き続けてわかったようなフリをしてきたのが自分です。

結局自分の出した答えは、

・大きな社会問題は、問題提起して考えてもらい解決方法を探っていく(地域の問題としてより、国の問題として)
・個人のできることを見つけ、そこから、関連性を見つける(そのほうが現実的だし、成果が見えるから)
・既成の価値観にのっかり頼るより、新しいものを作ったほうが、結局は小回りがきく


夢として、近い将来(1年~2年)縁のあるアーティストにコンサートを開催してもらえるよう働きかけたい
民間・自営業者が元気がないと、町は滅びるので、多くの人にこの島のすばらしいとこを知ってもらい足を運んでもらえるよう広報活動していきたい。
(交流人口アップ)

夢をみる人は努力する人である
情報を受け入れる側より、発信する側のほうが、得
なんとか、なるさ大崎上島

解決策にはなっていないか・・・・・・。
しかし、継続すれば、可能性は広げることはできる
信念をもって取り組まないといけません。

帰省したいな、17夜祭り

なんとか帰りたいものだ 夏祭り

子供にも見せてあげたい 櫂伝馬

いつまでも永続してほしい 大崎上島

田舎があるだけで、祭りが続いているだけで、幸せだ。

ありがとう ありがとう


パソコンセットアップ

前回、長年付き合ってきたデスクトップパソコンのハードディスが壊れたので、新しい機種に交換した。

10年前にお世話になったことのあるエプソンダイレクトで購入した。
値段は、安い・・・・・
しかし、性能はいい

おそらく生活家電のなかでパソコンが一番お買い得だと、思っている。
4テラのネットワークサーバーにデーターを保存できるように、3台のノート型パソコンに設定している。
画像も、2万枚近い枚数が、時系列で参照・保存できるようにしている。
iTunesの音声ファイルも同様な設定にしているので、ネットワークサーバーのファイルを参照してやり取りをしている。


ウインドウズ98のころにアパッチをインストールして自宅サーバーを立てて、近くの家電のパソコンを使ってホームページをチェックしたり、アホな遊びばかり昔はしていたけれど、足元にあるネットワークサーバーを使うと、簡単にできてしまう実に楽チンな情報化時代になってしまった。

近いうちに、巨大なデーターもチップで持ち運びできる時代がすぐにくるだろうから、そうなってくると、電子化の意義が重要になってくる。

メディアの値段が極端に安くなってしまった今、逆に使う人間がどんどん遅れていってしまい、対応に四苦八苦しているのが、現状じゃなかろうか?

これからの島の時代は、ネットワークの時代になるだろうし、もうすでになっている。
距離感がないのだから、大阪でも島の情報をネット放映もできるし、ルイさんのところのアンテナも、島の喫茶店ではなく、東京の喫茶店と同じ仮想空間の中に存在することも可能だ。

距離感がないことは、いろいろな意味で見直しや、チャンスが生まれてくる。

リアルと仮想空間のギャップを埋める作業が、楽しみの一つになってくる。

大崎上島定住支援プロジェクトも面白い試みで、時代のニーズに合致している。

最近、特に思うのは、みんな肝っ玉が据わってきた点
電波世代、ネット世代だから、メディアに取り上げられることが多くなっているが、ぶれがない。

生き方を含め方法論なり、目的意思を強くもっているので、旧世代が抱いている島のイメージを払拭できる可能性を秘めている。

宮本常一ではないけれど、「歩く、見る、聞く」生き方を実践する若者が増えてきているんだなと実感

経験は人を鍛え、そして育てる 体験にまさる知識はない

わたしのように書くだけなら簡単なことなんだけどね。

田舎話に花を添える

仕事の関連で、観光の主査と話しをしていると、

「今度のツアーは、広島だよ」
ということだったので、

「どこですの?」

という問いにたいして、

「竹原」

という答えが返ってきた。

ずいぶん、田舎に近いな~と思っていると、その横のファックス用紙に
なんと、清風館!

「○×?」

清風館とは、木江の清風館でした。

「旭区の連中を かれこれ、10数年前から連れて行っているんだよ。」

と自信満々に答えられました。

櫂伝馬のビデオをパソコンにいれていたので、参考に放映
旅する櫂伝馬の話題もしましたが、ルートを教えると、距離もほぼぴったり指摘
しかも、それがあたっている!

さすが、観光のプロ

橋の話、地理の話、大三島、とびしま街道の話、どれもよく研究されていて、驚き以外のなにものでもなかった。
潮待ちの港として木江の話題が、こんなところでできるなんて夢に思わなかったです。

応援できるのなら、10月頭には、添乗さしてもらいたい。(まぁ、忙しいから無理でしょうけど。)

ほんと、師匠は旅の達人だなと、感服いたしました。
またこうしたプロの人と一緒に仕事ができるとは非常にうれしい。
すばらしい人は、ひとつの謎解きに10の答えを用意してくれる。

今まで伏せてあった「旅する櫂伝馬」の話をすることでいろいろな接点がもてるようになった。

偶然にも、啓志君と出会い、こうして関係を持たしてもらい、さらに、精神的にぐっと距離が近くなった。
彼との出会いが、反骨心に火をつけてくれた。

20年ぶりに田舎の夏祭りを見たとき、あの町が寂れていた。
子供の声も聴こえなくなっていた。
祭りは、全盛期の30分の1ぐらいでしかなかった。

「祭りもいつ終わるかわからない」

終わりのときを迎えるのは時間の問題であるかのような会話は、自然とでてきたのは当然なことだ。

正直な話、大崎上島という島は、ほかの島と比べ、造船業をはじめ雇用は確保できていたので、時代の流れに対応できる弾力性がある島と思っていたが、オイルショック、円高など、徐々に時代の波に乗れなくなり、取り残されていった。

つまり、島を生活の場所として選択するのは、よっぽどのマニアックな人か、仕事の跡継ぎぐらいしかないだろう。


解決方法として合併という選択肢を大崎上島はとったが、それは住民の利便性のためではなくあくまで行政の延命措置にちかいものだった。

啓志君から、「旅する櫂伝馬」の話を最初聞いた時、「ほんとかな?」とぼやけたイメージしかもてなかった。
目的地は「祝島」のイメージが先行していたためだ。
オリジナルメンバーの有田さんの「櫂伝馬で宮島までいけるかの~」の発言がきっかけだったと聞いて、宮島だったら大丈夫じゃないかと思った。

しかも、ほぼ持ち出しで自主参加する

いろいろな甘いささやきは、ご他聞に漏れず、あるだろうけれど、ブレがないのはすばらしいことだ。
通常なら、行政の補助とかを利用して行うイベントが通例なのだが、若い人の自主性がここまで明確に実現したイベント(行事、神事)は日本全国見渡してもないのではないだろうか。

島の歴代の町長もそのことをよく理解されていて、初代の藤原町長、現在の高田町長も、個人で参加、旅する櫂伝馬のサポートとして応援する形になっている。
写真のたち位置などでそのことがよくわかる。

日本全国を見渡しても、あの旅する櫂伝馬の企画はずば抜けているし、大阪の人たちにももっと知ってもらえるよう最低限の努力をしないといけない。

昨日も、車の中で師匠と瀬戸内海の景観、文化論まで話が及んで、うれしかった。
それと同時に 自分自身、個人の現在に至る経緯を考えると、決して楽しい場所ではなかったことも連想してしまった。

愛別離苦とはいうけれど、それが人間なんだろう。

海の見える風景は、いろいろな精神の葛藤を中和させてくれる

橋が架からなかったことで、原風景を残すことにつながった

もし橋が架かるのなら、それは政治的道具として利用されたときだろう。
現在の本四架橋は減価償却は生きている間 終わることはないだろう。

それよりも、もっと船の便を増やす、馬鹿高い車両運賃を下げる、産婦人科、雇用を増やす方向で動いたほうが、直接的恩恵を与えてくれるだろう。

島の現状は、厳しい言い方だけど、なかなか大変だろう。
経済まで動かすことは、並大抵なことじゃない。

けれど、きっかけができれば人が動く 人が動けば、運命も変わる

現代人は楽を覚え移動も車で簡単にできる時代に、手ごきの船で宮島にいく大崎上島の若者たち

おそらく、私はあほなんだろう。

わくわくせずにはいられない。

※ なにわの海の時空館が廃止される予定です。(ほぼ決定)浪華丸の運命や如何に。
  http://www.jikukan-ogbc.jp/

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